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ちくぶしまじんじゃ(つくぶすまじんじゃ)

竹生島神社(都久夫須麻神社)のお参りの記録一覧
滋賀県 マキノ駅

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らんでぃー
らんでぃー
2022年07月18日(月)386投稿

滋賀県長浜市、琵琶湖北部の沖合に浮かぶ周囲2kmほどの離島・竹生島に鎮座する都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)をお詣りいたしました。 祭神は、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)・宇賀福神・竹生島龍神、そして産土神の浅井比売命(あざいひめのみこと)の四柱です。 「惣国風土記」によると雄略天皇3年(459年)に、この地に浅井比売命を祀る小祠が造られたことが記されており、当社はこれをもって創建としています。 神亀元年(724年)、聖武天皇は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)の神託により、僧・行基を勅使として竹生島に遣わし大弁才天を祀って寺院(宝厳寺)を開かせたと伝えられ、天平3年(731年)に聖武天皇が参拝して天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)と大己貴命(おおなむちのみこと)を社前に祀ったと謂われています。 平安末期になると弁才天と同一とされる市杵島比売命も祀られるようになり、神仏習合が進められる中で都久夫須麻神社と宝厳寺は次第に同一化していき「竹生島大神宮寺」「竹生島権現」「竹生島明神」「竹生島弁才天社/竹生島弁財天社」などの他、寺と神社を全部含めて「宝厳寺」と称されるようになります。 以降、明治時代に入るまでの長きに亘り、都久夫須麻神社はその存在が全く忘れられてしまうほど宝厳寺の一部と化していましたが、明治元年(1868年)に発布された「神仏分離令」により仏教寺院としての宝厳寺を廃寺したうえで神社とし、社名を「延喜式神名帳」から採った都久夫須麻神社に改めるよう命じられ、図らずもその名が再び登場することとなります。 廃寺に対し宝厳寺側は大いに反発し、また多くの信者の寺院存続の熱意もあり、結果明治4年(1871年)、宝厳寺本堂の「弁財天社」を都久夫須麻神社の本殿とし、社号を「都久夫須麻神社」へ改称したうえで宝厳寺との神仏習合を解くことで、宝厳寺は廃寺を免れ、寺院と神社が並存する現在に至ります。 尚、嘗て宝厳寺本堂であった都久夫須麻神社本殿は京都・伏見城の日暮御殿を移築したものとされていて国宝にも指定されています。
竹生島の上陸時間は70分~80分と限られていて、先に宝厳寺をお参りしてから都久夫須麻神社に廻ったので慌ただしい参拝となってしまいました。 拝殿は琵琶湖に面し、突き出した所に八大竜王拝所があり、ここで「かわらけ投げ」なる願掛けが行えます。 かわらけ投げとは、二枚の土器(かわらけ)の一枚に自分の名前、もう一枚に願い事を書き、湖面に突き出た鳥居(宮崎鳥居)へと投げ、投げたかわらけが鳥居をくぐれば願い事が成就すると言われているもので、私も挑戦してみました。
しかし、私のかわらけは湖面から吹き寄せる風に翻弄され、一枚はまったく見当違いの方向へ、一枚は鳥居に激突し粉々に砕け散ってしまいました(泣)。

竹生島神社(都久夫須麻神社)の鳥居

都久夫須麻神社・鳥居
 手前が竹生島神社(都久夫須麻神社)の鳥居、奥に見えるのが宝厳寺寺院名碑と鳥居

竹生島神社(都久夫須麻神社)(滋賀県)

都久夫須麻神社・本殿

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惣一郎
惣一郎
2022年05月07日(土)1269投稿

【近江國 式内社巡り】

都久夫須麻神社(つくぶすま~)は、滋賀県長浜市早崎町(竹生島)にある神社。式内社で、旧社格は県社。主祭神は、浅井姫命、市杵島比売命、宇賀御霊命。御神体は竹生島自体で、別名「竹生島神社」。神仏習合時代は宝厳寺と習合して「竹生島弁財天社」、「竹生島権現」、「竹生島明神」と呼ばれた。

『総国風土記』によると、古墳時代の459年に浅井姫命を祀る小祠ができたのが始まり。奈良時代の724年に天照大神の神託により市杵島姫命が祀られ、731年には聖武天皇が参拝され神殿を新築した。764年の藤原仲麻呂の乱の際には当社の神護により治乱したため、年号が天平神護と改められ、祭神に従五位の神位が授けられた。平安時代になって神宮寺として宝厳寺が建立されると、天台宗の僧が度々参拝するに及び「辨智」・「辨財」の利益を受けて辨才天信仰が盛んになっていった。1183年に平経正が当社の拝殿で仙童の琵琶で秘曲を弾じたことが『平家物語』や『源平盛衰記』に記されている。1232年、1453年、1558年に火災で社殿を焼失しているが、その都度再建している。1602年には豊臣秀頼が片桐旦元を普請奉行として伏見桃山御殿の一部を移し、現社殿を造営させた。明治寺時代に入り、近代社格制度のもと、県社に列格した。

当社は、竹生島南部の唯一の船着き場から海岸沿いに東方に向かった山の斜面にある。船着き場で船を降り、少し歩いてから拝観受付を通ると、「祈りの石段」と呼ばれる宝厳寺本堂への石段を少し登ったら右側(東側)に小さな鳥居があるので、そこをくぐって進むことになる。当社の境内地は広くはないが、高台に本堂、海に面した絶壁上に八大竜王拝所があり、その間のスペースに境内社がいくつかある。なお、かつての神仏習合の時代には当社と宝巌寺は不可分であったため、当社本殿はかつての宝厳寺・弁才天堂であり、現在でも宝厳寺観音堂とは渡廊下で繋がっている。

今回は、近江國の式内社、滋賀県の旧県社でであることから参拝することに。参拝時は平日の午前中で、自分が乗ったクルーズ船には30人ほどの乗客がいた。(この日は、天気は良いが風が強く、琵琶湖に波が立っていたため、他の船は来ていなかったみたい。自分が乗った今津港発着船も、午後は欠航とのことだった。)

竹生島神社(都久夫須麻神社)(滋賀県)

竹生島クルーズ遊覧船から見た竹生島全景。

竹生島神社(都久夫須麻神社)のその他建物

竹生島南岸に上陸してから、門前町風商店街を抜けて進む。

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じるる
じるる
2021年12月08日(水)355投稿

晴れててとてもよかったです。

竹生島神社(都久夫須麻神社)の鳥居

かわらけに願い事を書いて、投げたかわらけが鳥居をくぐれば願いが叶うそうです。

竹生島神社(都久夫須麻神社)の本殿・本堂

中は撮影禁止でした。

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