かしほじんじゃ
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上葦穂(かしほ)神社をお参りしました。
川に人が渡れる橋があって鳥居があります。駐車場は少し北側の橋を渡ってすぐに川沿いを通ってくると結構広い駐車場があります。
拝殿は立入禁止でロープが張られていました(天井落下の恐れあり)。本殿もかなり劣化が進んでいるので近いうちに手を入れないとやばい感じです。
延喜式内社の石部鹿塩上神社。かしほじんじゃと読みます、御祭神 伊邪那岐命、国常立命。本殿 一間社流造 覆屋あり、拝殿 入母屋造。鳥居横に駐車場があります
御由緒
孝徳天皇の白雉元年二月に阿星嶽より五色の御旗が降り祀られたのが創祀と伝えられている。社記によると次の様に記されている。「阿星嶽に正天より五色の御幡降り貴翁忽然として顕れ給う。諸人これを拝し奇異の思をなす所に告げて白く。汝少しも疑ふことなかれ朕は伊邪那岐大神なりと。其の詔終らざるに忽一朶の雲降りければ之に乗りて昇天したまう」とある。この御幡の降った地を御幡塚として現在も聖地とされている。その後社殿を設けて祀られ、旧社号を白雉神社と称していた。明治四十四年に上葦穂神社と改称。本殿は元禄八年正月十八日に再建されている。旧社格村社
湖南市で神社巡りに行ってきました。孝徳天皇の白雉元年二月に阿星嶽より五色の御旗が降り祀られたのが創祀と伝えられています。社記によると次の様に記されている。「阿星嶽に正天より五色の御幡降り貴翁忽然として顕れ給う。諸人これを拝し奇異の思をなす所に告げて白く。汝少しも疑ふことなかれ朕は伊邪那岐大神なりと。其の詔終らざるに忽一朶の雲降りければ之に乗りて昇天したまう」とあります。この御幡の降った地を御幡塚として現在も聖地とされています。その後社殿を設けて祀られ、旧社号を白雉神社と称していました。明治四十四年に上葦穂神社と改称。本殿は元禄八年正月十八日に再建されています。
神社の入り口には広野川が流れていて、橋を渡ります
広野川
参道の右側が駐車場です
拝殿の屋根に歪みが
よく見ると瓦もズレています
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