さるたひこじんじゃ
猿田彦神社滋賀県 南草津駅
境内自由
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方
猿田彦神社へ。幹線道路に面して鳥居があるがどうやらこの幹線道路も割と新しいらしく2010年代の写真では鳥居前に参道があったのが確認でき、愛宕神社ともつながっていたらしい。昨今の神社が置かれている環境を鑑みれば参道の一部を国に売却して兼務社の修繕にあてたと考えれば合点も行く。苦渋の決断の末だったのかもしれないですね・・・😔
こちらは参道に石畳あり😊砂利道は地味に足に来るので助かります😅社務所は閉まってましたのでお詣りを済ませて帰路につきました😅
愛宕社前から鳥居と前を走る大江霊仙寺線
由緒
社号碑
鳥居。ここは参道に石畳ありでした
阿
吽
扁額
手水舎
手水鉢の龍。こちらもきれいな水が張られていてありがたい
社務所は不在
神輿蔵
摂社・臼命神社
扁額
阿
吽
2対でした。阿
吽
社殿
拝殿。本殿と向かい合ってました
本殿
阿
吽
竈が
稲荷社
命婦さん
扁額
こちらも檻の中😅
社殿
本殿横から
神馬
神饌所
ここ「川の下」は栗太郡の古道の一つで、瀬田南大萱・南笠・矢倉を結ぶ街道と、江戸時代の重要な天下の公道「矢橋街道」の分岐点にあり、交通上の要地であった。
このような位置関係から、交通安全の神、村の護り神としてふさわしい猿田彦命を伊勢の国浦田の里の猿田彦神社から勧請し奉って当地の鎮守の神としておまつりしたもので時に寛永2年(1625)である。
古くは檜皮葺の一間社流造の社殿であったが度重なる修繕に耐えかね、昭和47年7月、銅板葺に改められたものである。
境内摂社臼命神社、同末社稲荷神社は当地に近隣から人々が移り住んで村を開いた頃、五穀豊穣子孫繁栄を願っておまつりし、尓来人々の尊崇を受けて来たのである。
当猿田彦神社は江戸時代、膳所藩主の尊崇を受けたが、今も本殿の玉垣・水屋の軒丸瓦に「立葵」の紋章を残して、その名残を示している。
| 名称 | 猿田彦神社 |
|---|---|
| 読み方 | さるたひこじんじゃ |
| 参拝時間 | 境内自由 |
| 参拝料 | なし |
| ご祭神 | 猿田彦命 |
|---|---|
| 創建時代 | 1625年(寛永2年) |
| ご由緒 | ここ「川の下」は栗太郡の古道の一つで、瀬田南大萱・南笠・矢倉を結ぶ街道と、江戸時代の重要な天下の公道「矢橋街道」の分岐点にあり、交通上の要地であった。
|
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ

































18
0