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りゅうおうぐうひでさとしゃ(はしもりじんじゃ)

龍王宮秀郷社(橋守神社)の御由緒・歴史
滋賀県 唐橋前駅

ご祭神龍王宮(大神霊龍王・豊玉姫) 龍宮の乙姫、
秀郷社(藤原秀郷命)
ご由緒

〈龍王宮〉 古来より瀬田川には竜神が棲むと伝えられ、橋そのものが社としておりました。橋の中央には特別な柱(杭)が打ち込んであり、船で通る人は、これを龍神の身代わりとして敬っていました。天文14年(1545)佐々木(六角)定頼(近江守)が石山蛍谷付近から橋を現在の位置に移設し、その際に「川底の龍神様」が遷座される場としてこの地に龍王宮が設けられました。
〈秀郷社〉 蒲生氏郷の孫、忠知が寛永10年(1663)瀬田を通った際に「河畔の秀郷社は自分の祖先であるので、明朝参拝する」と伝えたことから、土地の人は初めて秀郷が祭神であることを知りました。当時この秀郷社は下流の数町離れた舎人堂にあったため、これを龍王宮と並べ新たに造営しました。当寺は俵藤太社とも言われておりました。
〈ムカデ退治の伝説〉 京都の宇治田原というところに「弓の名人で田原(俵)藤太」という豪傑がおりました。ある日俵藤太が勢多橋を渡ろうとすると大蛇が横たわっていました。藤太は恐れることなく悠々とこれをまたいで通り過ぎました。すると大蛇から姿を変えた青い衣を着た女性(乙姫)が「私は勢多橋の水底に住む龍神ですあなたのような勇気のある人は見た事がありません。長年私をいじめにくる大ムカデがいるので、私のために退治してください」と頼みました。勇気があり、心優しい藤太は快く引き受け、橋の上で大ムカデを待ち受けました。
 日が沈むと、巨大な両眼を光らせ三上山を七巻半する大ムカデが橋に向かってきました。矢を一本二本と放ちましたが跳ね返り効果がありません。そこでムカデが嫌うという「人の唾液」を矢じりに着け、矢を射ると見事に大ムカデの左目に突き刺さり退治することができました。乙姫は大変喜んで藤太に米俵や鐘など沢山の宝物をくだされたそうです。
〈伝説の真説〉 承平5年(935)平将門が関東八州を七州半まで侵し大ムカデの足の数ほどの部下を引き連れ都を攻めようとした時、朱雀天皇の命で「藤原秀郷公(俵藤太)」が迎え打ち、平将門の左目を弓矢で射抜いて討伐し、天皇から従五位や沢山の貢ぎ物をされました。藤原秀郷公はこれも瀬田川の龍神のおかげと感謝し、先の伝説がうまれました。

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