ごんしょうじ|天台寺門宗総本山園城寺別所|長等山
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10時ごろには三井寺にと予定していましたが誘惑多すぎ🤣すでに10時まわってました🤣近松寺へ参道の階段を上っていき、途中GoogleMapに金比羅宮とあったのですが・・・廃社跡😔時代の流れとは言え悲しいですね・・・。さらに進んで行くと小さな石仏が祀られた「豆粉地蔵尊」。なんでも自分の食べた豆粉(きなこ)を石仏にも食べて頂くと頭が良くなるという伝承があるそうで、そのためか石仏の口のあたりが少し黒ずんでいるそうです😲地蔵堂の奥には弁天堂。ちょっと禅宗っぽい御堂ですが近松寺の開山・安然和尚が暮らし向きが苦しく福を授けてくれるよう弁財天に頼んだところ、弁財天が足を前に出しそれを舐めたら福を授けましょうと言ったため、怒った安然が念力で足を引っ込められなくしてしまい、そのままの姿となってしまったそうです🤣辨天堂のそばには観音様も居られました。先へ進むとようやくの本堂。御本尊は千手観音菩薩で別名「高観音」。園城寺の寺院の中で一番高い位置に居られる観音様だからそう呼ばれたとのこと。園城寺五別所の一つであり、唯一転移していない寺院でもあります。隣には阿弥陀堂があり、こちらは善光寺式如来。どちらも暗くてよく見えなかった😔御朱印は園城寺(三井寺)観音堂にてとのことでしたが完全に忘れてました😅
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「びわ湖108霊場」第5番、「近江西国三十三」第4番札所です。
園城寺の別所です。
階段をひたすら登るとあります。
904年、園城寺南院の現・長等公園東側の現在地に天台密教の大成者である五大院安然和尚によって創建されました。
創建時は本堂、法華堂、三重塔などがあり、後に園城寺南院の別所寺院となります。
応仁3年(1469年)には延暦寺に弾圧された浄土真宗本願寺派の蓮如を園城寺が保護し、南院の万徳院の斡旋もあり、近松寺の敷地の一部を譲っている。蓮如はそこに後に近松別院となる堂を建立している。
1595年、園城寺が豊臣秀吉の怒りに触れて寺領を没収されて廃寺となった際に近松寺も衰微しましたが、秀吉の死の直前に園城寺は再興され、それに伴って1604年に本堂が再建されました。
御朱印は園城寺で頂きました。
※参拝:8/14、御朱印:8/16

天台寺門宗 長等山 近松寺(ごんしょうじ)
長等公園の中にあり、緩やかな坂道を登っていくと山門はなく道路に面した本堂が現れます。
本堂前からの眺めも素晴らしいのですが、さらにもう少し登ると展望台があり琵琶湖を望むことができます。
近江西国三十三観音霊場第4番札所
江州三十三観音第3番札所
びわ湖百八霊場第5番札所
延喜4年(904年)、五大院安然和尚によって創建。
園城寺(三井寺)の五別所の一つとされ、現存する別所は三つですが他の二つ(微妙寺、水観寺)は園城寺境内にあるため、境外にある唯一の別所となります。
御本尊は千手観音様。
文禄4年(1595年)に豊臣秀吉により園城寺は寺領を没収されたため近松寺も衰退しましたが、慶長9年(1604年)に再建されました。
江戸時代、近松門左衛門(本名 杉森信盛)がこの近松寺で3年間過ごしたという説があるそうで、「近松」という名前の由来は諸説あるようですが、この近松寺から取ったという話も残されているそうです。
先日、兵庫県尼崎市の広済寺では近松門左衛門のお墓で手を合わせたこともあり、何かご縁を感じてしまいました。
御朱印は園城寺(三井寺)の観音堂にて拝受することができます。
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