しのづじんじゃ
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何度か足を運んでおりましたが、今回ようやく念願かなって御朱印をいただくことができました。
篠津神社は膳所五社のうちの一社ですが、今回同社の御朱印をいただけたことで、膳所五社コンプリートできました。


あとになってわかったのですが、後ろ姿の方は宮司様です。


膳所五社の一つである篠津神社へ。北側から境内に入ったのですぐに拝殿のところに出ました。拝殿西側に本殿とその両側に六社殿がありました。本殿正面、拝殿の先に門があり、こちらは膳所城北大手門の移築だそうです。お詣り後社務所へと向かいましたが残念ながらご不在でした・・・😥

拝殿

少彦名社と高龗社

本堂右手六社殿

多氣岐理姫神と多岐津姫神

市杵島姫神と天忍穂耳神

天穂日神と倉稲魂神

本殿左側

天津彦根神と活津彦根神

熊野樟日神と松尾神

菊理姫神と白鳥神

本殿

阿

吽

神饌所

神庫


表門。旧膳所城の北大手門を移築したもの。重文

手水舎


表門案内

由緒

表門

鳥居

扁額

社号標
境内・文化財
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例祭 5月 3日
例祭・神事をもっと見る|歴史
古くは大梵天王と号し天王社と称されていたが、のち天王宮さらに牛頭天王社と改称された。膳所中庄の産土神である。創祀年代は不詳であるが、康正二年の棟札が現存しているところからみても、室町時代にはすでに鎮座されていたと考えられる。また大津円満院門跡常尊法親王や覚淳法親王、有栖川家の崇敬厚く、鳥居額等種々寄進され、社参の記録もある。さらに膳所城主や戸田、菅沼、石川諸氏ならびに本多家の崇敬が長く続き、社領二十二石の他、社殿の修復も本多家でしばしば行なわれた。現在の本殿は膳所城主本多俊次公の万治四年に造営されたものである。
明治元年十月には篠津神社と改名せられ、大正一年十月には村社より県社に昇格せられた。現在重文指定の表門は旧膳所城北大手門である。尚神輿の金具は膳所の名工奥村菅次の作である。
| 名称 | 篠津神社 |
|---|---|
| 読み方 | しのづじんじゃ |
| 通称 | 午頭天王社 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 077-525-1001 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| ご祭神 | 《主》素盞嗚尊 |
|---|---|
| 本殿 | 一間社流造 間口二間 奥行二間 |
| 文化財 | 表門(旧膳所城北大手門)(重要文化財に指定) |
| ご由緒 | 古くは大梵天王と号し天王社と称されていたが、のち天王宮さらに牛頭天王社と改称された。膳所中庄の産土神である。創祀年代は不詳であるが、康正二年の棟札が現存しているところからみても、室町時代にはすでに鎮座されていたと考えられる。また大津円満院門跡常尊法親王や覚淳法親王、有栖川家の崇敬厚く、鳥居額等種々寄進され、社参の記録もある。さらに膳所城主や戸田、菅沼、石川諸氏ならびに本多家の崇敬が長く続き、社領二十二石の他、社殿の修復も本多家でしばしば行なわれた。現在の本殿は膳所城主本多俊次公の万治四年に造営されたものである。
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| 体験 | 重要文化財 |
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