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とよふつじんじゃ

豊布都神社
埼玉県 籠原駅

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くし
くし
2021年11月23日(火) 15時12分25秒
1703投稿

4時になったのでそろそろ受印はムリかなと思い、本来の目的である上之村神社の兼務社巡りして帰ることにしました。
熊谷スポーツ文化公園付近を大きく離れ、国道407号の西側へ。

そもそもこの神社なんて読むんだ?('_'?)と思ったら「とよふつ」だそうです。
別名 御霊宮大明神。
現在の祭神はタケミカヅチですが、もとは「鎌倉権五郎景政」なる人物を祀っていたとのこと。
平景政ともいい、源義家に従い若干16歳で後三年の役に従軍した若武者。
この辺りはたびたび荒川の氾濫に悩まされ、それを怨霊=御霊の祟りによるものと考え、御霊を祀って災いを鎮めようとしたとのこと。
御霊信仰というと菅原道真とか崇徳上皇が有名ですが、ここでは「御霊=五郎」の語呂合わせから、鎌倉政景を祀ることにしたそうです。 御霊信仰と言霊信仰が融合された神社。

ちなみに私、タケミカヅチ神あんまり好きじゃないw
出雲の国譲り神話の戦い方があまりにもチートというか反則過ぎるのでw 正々堂々と戦おうとしたタケミナカタ神の方を武神として推したい。
かって鹿島大社行った後に宝くじで1万当たったり、さんざんご利益もらっといて何ですが、ここは主宰神は鎌倉権五郎景政の方と考えたいですねwww

豊布都神社の御朱印
豊布都神社の鳥居

一ノ鳥居
わりと明るく写ってますが、実際はもうかなり薄暗くなってました

豊布都神社の歴史
豊布都神社のその他建物

ニノ鳥居前で直角に曲がります

豊布都神社の鳥居

ニノ鳥居

豊布都神社の手水舎

手水舎
水道のついたセルフ式

豊布都神社(埼玉県)

こちらが御神木 杉かな?
根元からひこばえの生えた生命力強そうな木

豊布都神社の本殿・本堂

拝殿

豊布都神社のその他建物
豊布都神社のその他建物

書き置きあり
上ノ村神社でも授かれますが、兼務社にも全て書き置きが用意してある、配慮の細かい好感の持てる神社さんです

豊布都神社の末社・摂社

八幡神社
シッカリした造りの摂社が多数ありましたが、もうだいぶ暗くなってたのであまり拝めず撮影だけ(*_*)

豊布都神社の末社・摂社

八坂神社

豊布都神社(埼玉県)

石祠 祭神不明

豊布都神社の末社・摂社

富士御嶽神社

豊布都神社の末社・摂社

有力摂社なのか、一つだけ鳥居付きの社あり

豊布都神社の末社・摂社

琴平神社でした

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歴史

当社創建の年代は不明であるが、慶安二年(一六四九〜江戸時代)に今の地に祀られたとあり、約三百年前と推定される。「新編武蔵風土記」の幡羅郡上奈良の条に「御霊社」と呼ばれ村の鎮守とあり、今の向河原・並木・二ツ道・在家・石橋・小塚の地域となっている。鎮座地は、向河原の西端にあり、往時地内には荒川が流れており、その渡船場を村人は「御霊の渡し」と呼び、今でも御霊田・御霊橋の地名が残る地である。
ご祭神は、神仏分離まで鎌倉権五郎景政で、本殿内に本地愛染を奉安するも明治五年九月には、今の武甕槌神に改め社名も豊布都神社と改称す。
往時の人々は、河川の氾濫によって生じる疫病などの厄災を怨霊の祟り・御霊によるものとの考えから御霊という音に近い鎌倉権五郎の怨霊を祀ってその祟りを鎮めようとした。
本殿は、一間社流れ造りで銅板葺きの屋根となっている。本殿内には、元禄十二年に造られた「御霊之神」と墨書された神璽と共に「武甕槌神」と書された神璽が奉安されている。
老朽化した本殿を始め拝殿・幣殿を昭和五十九年一月に再建すると共に境内整備を終えた。その後、平成十六年には念願であった社務所兼地区集会場も清々しく新築をおえた。

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名称

豊布都神社

読み方

とよふつじんじゃ

通称

御霊様

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号048-527-0885(上之村神社)
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご祭神《主》武甕槌神 鎌倉権五郎景政(平景政)
創建時代

1649年(慶安2年)

本殿

一間社流れ造り

ご由緒

当社創建の年代は不明であるが、慶安二年(一六四九〜江戸時代)に今の地に祀られたとあり、約三百年前と推定される。「新編武蔵風土記」の幡羅郡上奈良の条に「御霊社」と呼ばれ村の鎮守とあり、今の向河原・並木・二ツ道・在家・石橋・小塚の地域となっている。鎮座地は、向河原の西端にあり、往時地内には荒川が流れており、その渡船場を村人は「御霊の渡し」と呼び、今でも御霊田・御霊橋の地名が残る地である。
ご祭神は、神仏分離まで鎌倉権五郎景政で、本殿内に本地愛染を奉安するも明治五年九月には、今の武甕槌神に改め社名も豊布都神社と改称す。
往時の人々は、河川の氾濫によって生じる疫病などの厄災を怨霊の祟り・御霊によるものとの考えから御霊という音に近い鎌倉権五郎の怨霊を祀ってその祟りを鎮めようとした。
本殿は、一間社流れ造りで銅板葺きの屋根となっている。本殿内には、元禄十二年に造られた「御霊之神」と墨書された神璽と共に「武甕槌神」と書された神璽が奉安されている。
老朽化した本殿を始め拝殿・幣殿を昭和五十九年一月に再建すると共に境内整備を終えた。その後、平成十六年には念願であった社務所兼地区集会場も清々しく新築をおえた。

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