たかぎじんじゃ
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熊谷総鎮守、縁結びや家庭円満、育成健全の神様です😊世界一長いおみくじを引きました!運勢は「吉」👍書かれているお言葉が心に沁みました✨😊
御祭神
高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)
御由緒
創建は奈良時代以前と伝えられており、『延喜式神名帳』に「大里郡一座髙城神社」と記載されていることからもそのことがうかがわれる。
天正十八年(1590)豊臣秀吉による小田原の北条征伐において、忍城(現・行田市)が攻められた際、髙城神社も災禍に遭い社殿を焼失した。その後の寛文十一(1671)に再建されるのだが、それは忍城主であった阿部豊後守忠秋が「髙城神社は式内社」であることから社殿再興を図ったことがきっかけであった。この時に再建された本殿と拝殿は、今も当時の面影そのままに残されている。(なお本殿・拝殿・手水舎以外の建物は昭和二十年八月十四日の熊谷大空襲によって焼失)
神社ホームページより





【武蔵國 式内社巡り】
髙城神社(たかぎ~)は、埼玉県熊谷市宮町にある神社。式内社で、旧社格は県社。祭神は、高皇産霊尊(たかみむすび)。
創建は不詳。社伝によると、当地周辺は荒川の扇状地内にあり、湧水が諸病に効果があるとして、古くから湧水に対する信仰がある。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「武蔵國 大里郡 高城神社」に比定されている。鎌倉時代には、当地・武蔵国熊谷郷の領主で鎌倉幕府の御家人であった熊谷直實の崇敬を受けた。安土桃山時代の1590年に豊臣秀吉の小田原征伐の際に社殿を焼失したが、江戸持時代に入り1671年に忍城主・阿部忠秋、正能親子によって再建された。熊谷郷の総鎮守とされ崇敬を集め、明治時代に入ると近代社格制度のもと県社に列格した。
当社は、JR上越新幹線・高崎線・熊谷駅の北北西700mの、中山道(国道17号線)の北側の平らな市街地にある。境内は広々としていて、社殿は大きく、古木も多く立っていて、古社の雰囲気がたっぷり。普段から地元を中心に信仰を集めているようで参拝者も多く、神職の方々も多い。
今回は武蔵国の式内社、旧県社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中で、参拝者は自分以外にも、七五三などの家族連れが何組も訪れていた。
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