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楽しみ方青柳釈迦堂のお参りの記録一覧

ひなぎく
2026年01月15日(木)866投稿
川越喜多院で僧広坊に仕えた利白和尚の墓石である釈迦如来像が安置されている御堂です。昭和30年に「利白和尚霊験記」という釈迦堂の由来記が発見されています。
利白和尚は摂津国生まれで、祖父は関白秀次公に仕えた槍の名人・富田蔵人高定、父は富田主計。幼名は万吉といい、一を聞いて十を知る利発な子だったといいます。
故あって、摂津国中嶋の養源寺、智源和尚の弟子となり智円と称しました。諸国行脚の旅の末、川越喜多院に足を止めて11年。訳あって喜多院を離れ(病だと思われ、この時利白と名を変えている)、在院当時より縁のあった青柳村の長三郎を頼り、庵を修理して朝夕経念仏を唱え、遠近の子ども達を集めて手習いをさせ、ただただ往生を待つ日々を送っていました。
延宝6年(1678)10月、自らの臨終を知った利白和尚は『自分の亡くなった後に釈迦如来を彫った墓石に自分の名も付けて置いてもらいたい。もし墓石を一心に拝めば何事でも願いをかなえるであろう』と遺言を残し同年11月に入寂されました。
現存する石仏はその遺言により建立されたもので、諸願成就の霊験あらたかで、特に乳不足の人の信仰で知られます。
初代の御堂は安永中期の建立で、明治15年東陽寺が火災にあい、庫裡の一部として移されたといいます。境内にある由来碑によると現在の御堂は3代目と思われます。
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