山田八幡神社、開運14社詣
村民太郎左衛門が日吉山王権現を勧請、江戸期には山王社と称し網代村の鎮守として祀られていました。明治期に、福田の村社赤城神社・落合の八坂社・頭殿社・金山の金山社・向小久保の村社八幡神社・宿粒の村社八幡神社を合祀、赤城神社の社殿を移築し、社号を日吉神社から赤城神社と改号しています。昭和33年赤城神社・八坂社・頭殿社・金山社は元の地に復祀還座。向小久保八幡神社・宿粒八幡神社は合祀されたままで、かつ神像も残ったままであったことから、登記は赤城神社のままながら、八幡神社と号しています。北山田自治会館が地内にあることから、北山田八幡神社と称することもあります。