ひかわじんじゃ
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楽しみ方氷川神社のお参りの記録一覧

狭山市青柳に鎮座する氷川様。創立は青柳村を開いた折、不老川の支流である久保川を灌漑用の唯一の水源として尊重し、大宮の氷川神社から勧請したものと伝えられています。
明治40年に大六天神社と稲荷社を合祀し、境内社の浅間社は昭和40年頃まで当社の東側に鎮座していたものを道路拡張に伴い移転されたものになります。
大國様を出てお墓参りへ行き、その帰りに近くの氷川様に参拝しました🙏






大口真神様のお札が貼ってありました。

大六天神社

稲荷神社

富士嶽神社(浅間社)

神楽殿



入口にある庚申塔

梅宮神社の兼務社で、先月本務社へ伺った時に存在を知りました。境内社は三社、すべて明治以降の遷座によるものです。富士塚にいたっては昭和後期に移転されたもので、すっきりとした神社です。明治になって再建されたとのことですが、創建年などの詳細は不詳です。神職不在の兼務者ですが、非常にきれいに管理されておりました。

昭和五年(1930)建立の社号標


昭和四十二年(1967)奉納の一の鳥居


参道

慶応二丙寅年(1866)奉納の燈籠


二の鳥居

慶応二年(1866)奉納の燈籠


昭和四十七年(1972)建立の社務所新築記念碑

明治二十九年(1896)建立の「従軍之記」碑

神楽殿

手水舎

明治四十一年(1908)奉納の手水鉢


拝殿

拝殿側面

扁額

明治十四年(1881)再建の本殿



境内社鳥居 富士塚の登山口になります。昭和四十二年(1967)に東脇の道路改修が行われた際、富士塚と富士嶽神社が移転

明治十六年(1883)奉納の燈籠


「小御嶽神社」碑

明治十年建立の「角行霊神」「食行霊神」碑

境内社 明治十丁丑年(1877)建立の富士嶽神社

石碑、全く読めません

境内社 稲荷神社 明治四十年(1907)に青柳下から遷座

境内社 第六天神社 御祭神:両足尊・惶根神 明治四十年(1907)に青柳下から遷座

狭山市青柳に鎮座する氷川様です。
梅宮神社の兼務社で御朱印はそちらで拝受できます。駐車場ではないのですが、草刈街道側から境内に入り、社務所横付近に車を停めることができます。手前(道路近く)は民家の出入りがあるかもなので注意です。
お墓参りに来たので、こちらの氷川様にも十数年ぶりに参拝しました。幼少の頃にこちらの境内の遊具でよく遊びましたが、今も全然変わってなくてとても懐かしく感じました。



拝殿
昔から水に苦労したためか、社殿には雨乞いに使用した依代があるそうです。
5本の語弊にはそれぞれご祭神名が記されていて、中央に闇淤加美神、左は国水分神、国乃比邪母智神、右は天水分神、天乃比邪母智神とのことです。

扁額

本殿

手水舎

第六天神社(面足尊、惶根尊)
青柳下にあったのを明治40年5月18日に合祀。

稲荷神社(倉稲魂命)
こちらも青柳下にあったのを明治40年5月18日に合祀。

本日1回目の富士塚登り。

角行霊神

富士嶽神社(木花開耶姫命)
明治10年に建てられたもので、昭和42年に東脇道路改修のため境内に遷座した。

神楽殿

ここでよく遊びました。懐かしい✨

社務所


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