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おおかみ
2021年11月21日(日)
715投稿

自宅より亥の方角。
西森稲荷さんから徒歩3分。

大曽根八幡神社の本殿大曽根八幡神社の建物その他大曽根八幡神社の建物その他大曽根八幡神社の建物その他大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社の本殿大曽根八幡神社の自然大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社の建物その他大曽根八幡神社の本殿大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社の歴史大曽根八幡神社の鳥居大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社の自然大曽根八幡神社の自然大曽根八幡神社の建物その他大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社の鳥居大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社の建物その他大曽根八幡神社の建物その他大曽根八幡神社(埼玉県)

※おまけコーナー
ここから次の神社まで約50分ほど歩きます。

大曽根八幡神社の建物その他

出発後福寿院を通り、少し大きめな道に出るところに鳥居がありました。

大曽根八幡神社の鳥居

住宅街の道が参道になっていたんですね

大曽根八幡神社の周辺

つくばエクスプレスの八潮駅です。

大曽根八幡神社の周辺

八幡さんから八潮駅南口まで徒歩22分です。

大曽根八幡神社の周辺

中川沿いののどかな風景。
ここまで(中川新橋)八幡さんから徒歩40分です。

大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社の周辺大曽根八幡神社の周辺大曽根八幡神社(埼玉県)

橋の頂上が見えてきました。

大曽根八幡神社の周辺

向こうには千葉県松戸市が見えますね

大曽根八幡神社の周辺

ここを泳いで帰るのが一番近道(笑)

大曽根八幡神社の周辺

八潮市ともお別れです。

大曽根八幡神社(埼玉県)

この橋を渡るともう少しです。

大曽根八幡神社(埼玉県)大曽根八幡神社(埼玉県)

香取神社に到着です。

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テラヨリーモ・ジンジャスキー
2018年07月12日(木)
681投稿

彫刻の素晴らしい神社でした。
本殿の柱に巻き付いた龍は、立体的な彫り方が美しく、本当にあとから巻き付いたような姿です。
拝殿も本殿も彫刻がいっぱいで、本当に素晴らしかったです。

御朱印は時間によって書置きのようですが、インターホンを押したら出てきてくださり御朱印帳に書いて下さいました。

大曽根八幡神社の芸術

本殿柱の彫刻(右)

大曽根八幡神社の芸術

本殿柱の彫刻(左)

大曽根八幡神社の芸術

ヤマタノオロチ

大曽根八幡神社の芸術

拝殿の彫刻

大曽根八幡神社の芸術

拝殿の柱

大曽根八幡神社の鳥居

鳥居と境内

大曽根八幡神社の本殿

<拝殿>

大曽根八幡神社の狛犬

<狛犬>阿吽の両方とも角がありました。こぶじゃないですよね、角ですよね。可愛らしいです。

大曽根八幡神社の歴史

<由緒書>

大曽根八幡神社の手水

<手水舎>

大曽根八幡神社の建物その他

<社務所>インターホン押したら出てきてくださいました。

大曽根八幡神社の御朱印

<御朱印>鶴を折りつけた千代紙の栞を付けてくださいました。

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歴史

抑、当社は、文亀二年(1502)に勧請されたが、一説には後三年役に源義光が兄源義家援軍のため、寛治元年(1087)に花俣郷から綾瀬川を渡河し大曽根の地を経て東国に赴いた頃より、八幡神を奉斎されたとも伝える。
 誉田別命を御祭神とし境内社に稲荷神社・天神社・古峯神社を祭祀する。寛文十年(1670)十一月十五日に大曽根村の領主旗本森川摂津守重房公より三石の黒印状が発給され、森川家の氏神社となる。延宝二年(1674)に重房公は、荒廃した御社殿を再興し、以来森川領六千石の総鎮守とされ元禄十五年(1702)新たに二石が加増され、都合五反歩の社領を有した。森川家の毎年の正五九の御神札は八幡神社から届けられ、祭礼の祈りには森川家から代参者が遣わされ祭典が執り行われた。
 御社前の第二の鳥居は、宝暦十一年(1761)に浅田政臣が奉納、天保十五年(1844)に森川俊朝が第一の鳥居を奉納、文化六年(1809)に総氏子らが第三の鳥居を奉納した。これらの鳥居は、安政二年(1855)の地震の時に倒壊し、安政五年に再建された。
 明治四年(1871)に大曽根村の村社に指定され、同二十二年(1889)に八幡村の村社となり、同二十八年(1895)に本殿・拝殿を改築し現在に至る。

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大曽根八幡神社の基本情報

住所埼玉県八潮市大曽根18
行き方
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名称大曽根八幡神社
読み方おおぞねはちまんじんじゃ
御朱印あり

限定御朱印なし

詳細情報

ご祭神《主》誉田別尊
創建時代文亀二年(1502)
ご由緒

抑、当社は、文亀二年(1502)に勧請されたが、一説には後三年役に源義光が兄源義家援軍のため、寛治元年(1087)に花俣郷から綾瀬川を渡河し大曽根の地を経て東国に赴いた頃より、八幡神を奉斎されたとも伝える。
 誉田別命を御祭神とし境内社に稲荷神社・天神社・古峯神社を祭祀する。寛文十年(1670)十一月十五日に大曽根村の領主旗本森川摂津守重房公より三石の黒印状が発給され、森川家の氏神社となる。延宝二年(1674)に重房公は、荒廃した御社殿を再興し、以来森川領六千石の総鎮守とされ元禄十五年(1702)新たに二石が加増され、都合五反歩の社領を有した。森川家の毎年の正五九の御神札は八幡神社から届けられ、祭礼の祈りには森川家から代参者が遣わされ祭典が執り行われた。
 御社前の第二の鳥居は、宝暦十一年(1761)に浅田政臣が奉納、天保十五年(1844)に森川俊朝が第一の鳥居を奉納、文化六年(1809)に総氏子らが第三の鳥居を奉納した。これらの鳥居は、安政二年(1855)の地震の時に倒壊し、安政五年に再建された。
 明治四年(1871)に大曽根村の村社に指定され、同二十二年(1889)に八幡村の村社となり、同二十八年(1895)に本殿・拝殿を改築し現在に至る。

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