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ここのえじんじゃ

九重神社

公式埼玉県 戸塚安行駅

10時頃~12時、13時~16時半

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048-298-1199

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

現在の御朱印・御朱印帳

御朱印(4種類)

九重神社では、九重神社、三ツ和氷川神社、御神木御朱印、スダじい御朱印の4種類の御朱印をいただけます。御神木御朱印は季節毎に、スダじい御朱印は月替わりでデザインが変わります。また、時期により節供の御朱印など特別な御朱印も頒布されます。

九重神社御朱印

300円

中央に「九重神社」の文字、重ねて社紋の印と社印、右に「奉拝」の文字、その下に「川口の秘境 安行鎮守」の文字の印、左に日付と社務所の印があります。明治に、安行(あんぎょう)村の九つの地区の神社が合祀されたことにより「九重神社」となりました。全体にのびのびと大きく勢いのある文字が印象的です。

三ツ和氷川神社御朱印

300円

中央に「三ツ和氷川神社」の文字と社印、右に「奉拝」の文字、左に日付と社務所の印のシンプルな御朱印です。
九重神社から徒歩15分ほどのところにあります三ツ和氷川神社の御朱印もいただけます。三ツ和村は明治に中居・上新田・小渕の三か村が合併したことによって誕生した新しい村で、その三か村の鎮守として創建されたと伝えられています。

御神木御朱印

九重神社には、樹齢五百年以上のスダジイの大木が二本あり、御神木とされています。御神木御朱印は8種類あり、それぞれ頒布期間が「秋」例大祭翌日より約2週間、「冬」1月初旬から1月末まで、「幻の桜 安行桜」安行桜開花から東京ソメイヨシノ開花まで、「春」東京ソメイヨシノ開花宣言から葉桜まで、「新緑」初夏の時期(木々が芽吹いたら)から約2週間、「梅雨」関東梅雨入りから2・3週間まで、「夏」夏の間となっています。それ以外の時期は通常の御神木御朱印で、全部揃えると「黄金の御神木御朱印」がいただけます。

2019年7月

中央に大きく、御神木であるスダジイの絵と社印、右に「奉拝」「九重神社 御神木」の文字と社紋の印、左に日付と社務所の印です。
通常の御神木御朱印は葉が緑色です。

2020年3月

幻の桜 安行桜御神木御朱印です。御神木がピンク色で、全体に桜の花が散りばめられています。安行桜は、昭和20年代はじめ沖田雄司という人が安行慈林にあった早咲きの桜を元に、接ぎ木をして増やしていったものです。ソメイヨシノより1週間から10日早く咲きます。

2018年6月

梅雨の御神木御朱印です。葉の部分が薄紫色になっています。

2020年11月

秋の御神木御朱印です。御神木の葉が黄色になっています。

スダじい御朱印

御神木の精霊であるキャラクター「スダじい」の御朱印です。毎月、絵柄や色が替わります。

400円
2019年8月

スダじいと梟のフクちゃんが海辺でスイカを食べています。
中央に社印、右に「奉拝」の文字、左に日付、社紋、社務所の印は絵と同じ紺色になっています。

400円
2019年11月

帽子を被ったスダじいが、フクちゃんが入ったリュックを背負って秋の山歩きをしています。紅葉した赤い葉が散り、絵と社紋、社務所の印はオレンジ色です。

御朱印帳

九重神社の御朱印帳は、通常のものと、御神木御朱印を集めるため予め御神木の幹の部分が押されているフルコンプリート版があります。どちらも最初のページに九重神社の御朱印が書かれています。

通常版初穂料込み2000円
フルコンプリート版初穂料込み1800円

表紙いっぱいに緑の葉の御神木がデザインされたオリジナル御朱印帳です。裏表紙には九曜紋と九重神社の文字があります。同じデザインで、裏表紙がピンク色のほかに黒と青があります。
オリジナル御朱印帳一冊に、御神木御朱印を全ていただくと、記念品として特別な御朱印帳が授与されます。通常の御神木御朱印とは別仕様の特別な御朱印入りです。
御神木御朱印の押印は蛇腹状の御朱印帳のみへいただけます。蛇腹状以外のものには綺麗に押印することが難しく、多くの時間を必要としてしまうためとのことです。

授与場所・時間

御朱印、御朱印帳とも社務所にていただけます。

時間は10時から12時、13時から16時30分、正午から13時は閉所です。

御朱印を授与していない日もあるため、詳細は公式サイトをご確認ください。

過去の限定御朱印

七夕限定御朱印

2019年7月7日

中央に大きく九曜紋がある藍色の和紙に、「九重神社」の文字、右に「奉拝 七夕の節供」、左に7月7日の日付があります。文字はすべて白銀色で、全体に大小の金色の星が散らばっています。

重陽の節句限定御朱印

2019年9月9日

全体に金色と黄色が鮮やかな「重陽の節句」御朱印です。重陽の節句は「菊の節句」とも言われ、菊を眺める宴を催したり菊酒を飲んで無病息災を願います。大きな菊の印、「九重神社」と日付は金色、九曜紋、「奉拝 重陽の節供」の文字は黄色です。

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御朱印について
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ご利益

おすすめの投稿

惣一郎
2021年07月28日(水)
950投稿

九重神社は、埼玉県川口市安行原にある神社。旧社格は村社。祭神は素戔嗚尊ほか16柱。「川口九社詣勾玉巡り」の1社。

創建は不詳。旧別当寺の密蔵院の中興・栄尊が享保年間(1716年~1736年)に大宮氷川神社を勧請したと伝わる。江戸時代までは「氷川社」と称されていたが、明治時代に安行村の9つの地区の神社を合祀したことにより「九重神社」と改称した。

当社は、埼玉高速鉄道・戸塚安行駅の南東3kmの、大きな寺院(海壽山萬福寺密蔵院)の脇に一体のように存在し、入口や参道を共有している。境内はちょっとした斜面にあり、社殿のある部分はさほど広くはないが、裏手に高台を有していて、見晴し台のようになっている。

今回は、川口市の神社9社で実施している「川口九社詣勾玉巡り」の4社目として参拝することに。参拝時は休日の午後で、参拝者は自分以外にはいなかった。

九重神社の建物その他

境内入口全景。階段を登って奥に進む。写真の左側には、旧別当密蔵寺の広い境内がある。

九重神社(埼玉県)

階段を上がると<社号標>。

九重神社の鳥居

両サイドの石燈籠と<一の鳥居>。

九重神社(埼玉県)

階段に上がると<二の鳥居>。

九重神社の本殿

<拝殿>全景。大きくはないが、扉は開かれ、紫色の神社幕がちゃんと張ってある。さすが宮司さん常駐の神社。

九重神社の建物その他

拝殿に向かって右側にある<社務所・授与所>。御朱印はこちら。神社ファンの間では、御朱印のバリエーションが多いことでも有名。

九重神社の自然

社殿の左奥にある巨木。樹齢500年以上のスダジイで、当社の<御神木>。枝の張りぶり、勢いがすごい。

九重神社の本殿

拝殿後ろの<本殿>。サイズは小さめ。

九重神社の建物その他

社殿と巨木の間を奥に進むと、高台の神域への道が。<御嶽山>の石碑。

九重神社の建物その他

奥に進むと、最も高い位置に石碑と古木。石碑には<御嶽山・八海山・三笠山>の文字。

九重神社の建物その他

石碑の周りには、<赤城山>や<筑波山>の方角標識が。草木が茂っていてはっきり見えないが、本来は赤城山や筑波山が見えるということかな。

九重神社の本殿

最後に、社殿と巨木。大きくはないが、良い雰囲気の境内。

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歴史

大宮台地の先端部に位置し、久保山と呼ばれる丘に当社は鎮座している。この久保山は、その昔、平将門が砦を築いたという言い伝えがあるように、周囲の村々がよく見渡せ、当社境内の御嶽山に登れば筑波山や日光連山を一望することができる。また、境内には樹齢五百年以上のスダジイの大木が二本あり、市記念天然記念物になっている。
 『風土記稿』原村の項に「氷川社 本地十一面観音を安す、村の鎮守にて別に供免を附す」とあるように、当社は元来は氷川社といい、享保年間(1716-36)、境内の西に隣接する真言宗の密蔵院の中興第十六世法印栄尊が武蔵一宮氷川神社を勧請したことに始まると伝える。明治に入ると、神仏分離によって別当を離れ、原村の村社になったが、政府の合祀政策に従い、領家の神明社・慈林の氷川稲荷合社・藤八の菅原社・吉蔵の八幡社・北谷の稲荷社・花栗の稲荷社・苗塚の稲荷社・小山の氷川社という近隣の村社8社をはじめとした計32が当社に合祀された。そのため、当社は、村社が9社重なった神社ということから九重神社と改称した。
 太平洋戦争の敗戦により人心は混乱し、境内は浮浪者の塒と化し、昭和二十三年には失火により社殿が消失した。これを機に、氏子は心を一つに再建に励み、同二十六年十月十五日、現社殿を落成させた。

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九重神社の基本情報

住所埼玉県川口市安行原2042
行き方

国際興行バス「安行支所」徒歩5分
国際興行バス「峯八幡宮」 徒歩10分
東武バス「横道」徒歩20分

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名称九重神社
読み方ここのえじんじゃ
通称氷川様
参拝時間

10時頃~12時、13時~16時半

御朱印あり

限定御朱印あり
御朱印帳あり
電話番号048-298-1199
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://kokonoejinja.jp/
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詳細情報

ご祭神《合》天照大御神,宇迦之御魂命,誉田別命,菅原道真,大山祇命,国常立尊,《主》須佐之男命
ご由緒

大宮台地の先端部に位置し、久保山と呼ばれる丘に当社は鎮座している。この久保山は、その昔、平将門が砦を築いたという言い伝えがあるように、周囲の村々がよく見渡せ、当社境内の御嶽山に登れば筑波山や日光連山を一望することができる。また、境内には樹齢五百年以上のスダジイの大木が二本あり、市記念天然記念物になっている。
 『風土記稿』原村の項に「氷川社 本地十一面観音を安す、村の鎮守にて別に供免を附す」とあるように、当社は元来は氷川社といい、享保年間(1716-36)、境内の西に隣接する真言宗の密蔵院の中興第十六世法印栄尊が武蔵一宮氷川神社を勧請したことに始まると伝える。明治に入ると、神仏分離によって別当を離れ、原村の村社になったが、政府の合祀政策に従い、領家の神明社・慈林の氷川稲荷合社・藤八の菅原社・吉蔵の八幡社・北谷の稲荷社・花栗の稲荷社・苗塚の稲荷社・小山の氷川社という近隣の村社8社をはじめとした計32が当社に合祀された。そのため、当社は、村社が9社重なった神社ということから九重神社と改称した。
 太平洋戦争の敗戦により人心は混乱し、境内は浮浪者の塒と化し、昭和二十三年には失火により社殿が消失した。これを機に、氏子は心を一つに再建に励み、同二十六年十月十五日、現社殿を落成させた。

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