こんごうじ|真言宗御室派|天野山
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【南海御朱印めぐり・天野山金剛寺】
大阪府河内長野市、真言宗御室派の寺院。
当寺のHPによれば奈良時代、行基によって開かれたとされています。
平安時代末期、高野山出身の阿観上人が当寺に入られ、後白河上皇とその妹の八条院の庇護を受けて八条院の祈願所となりました。その後、八条院の女房をはじめ歴代女院女房が四代にわたって院主となったことから、貴賤を問わず多くの女性が金剛寺に帰依し「女人高野」と呼ばれるようになったとか。
南北朝時代には南朝方の拠点となり、後村上天皇が5年間「摩尼院」と「食堂」を行宮としました。また、北朝の三上皇(光厳・光明・崇光)が、子院「観蔵院」に幽閉されたことがあるなど、激動の歴史の中を残ってきた寺院でもあり、多くの文化財を今に伝えています。



(神仏霊場巡拝の道 大阪14番)
(新西国三十三観音7番)
(河泉二十四地蔵12番)
(河内飛鳥古寺8番)
山間部にある素晴らしいお寺です。
奈良時代の天平年間に聖武天皇の勅願によって行基が開いたとされる。弘法大師(空海)も修行をしたとされています。
女性の参詣ができたため「女人高野」と呼ばれて有名となりました。
鎌倉時代末期には100近い塔頭があり、後醍醐天皇と近しい関係を築き、南北朝時代には観心寺と共に南朝方の一大拠点とな、1336年には後醍醐天皇によって勅願寺とされました。もともと後醍醐天皇は河内国の真言宗諸寺院とは親しく、また(既に故人となっていたが)武将楠木正成との関係もあると考えられています。
1432年頃からは銘酒「天野酒」を販売して収入源にしたりし、1514年には依然として塔頭が70から90もあって威勢を誇っていました。
廃仏毀釈のためもあり、塔頭は減少し、現在では摩尼院、観蔵院、吉祥院を残すのみであるとはいえ、主要伽藍などは戦火に掛からなかったため、貴重な文化財が数多く残されています。
山間にこんな立派な伽藍があるとは想像できませんでした。
にもかかわらず、境内は、静かで凛とした印象で、どことなく女性的な優しさもあり、素晴らしいの一言に尽きます。
ご本尊も、脇侍も、大好きな仏様で、またしてもテンション上がりました。
追
やっぱり、お大師様の宗派が好きです。


こちらの国宝に指定されている仏像も特別公開の時期が年に数日だけです😃
金剛寺は天平年間(729~749年)に聖武天皇の命により、行基によって開かれたといわれています📖
南北朝時代の1354年から1359年まで、南朝の後村上天皇が食堂を正殿としました(天野行宮)👑
行宮(あんぐう)とは天皇の行幸時の仮宮です🏠
この間の一時期、北朝の光厳、光明、崇光の三上皇と皇太子直仁親王も4年間御座所とされたため、南北朝が同座することになりました✋
歴史上、貴重な場所だったようです✨
楼門から入ると右側にその食堂があります👣
食堂を越えると金堂があります✋
ここで、国宝に指定されている木造大日如来坐像(本尊)、木造不動明王坐像(左脇侍)、木造隆三世明王坐像(右脇侍)を見ることができます👓
これが特別公開の金堂三尊像です✨
金堂の向こうには五佛堂があり、右側には御影堂があります❗️
御影堂の東側には後村上天皇が月見をされた観月亭があります🌕
楼門を出て左に向かうと摩尼院があります👣
摩尼院は金剛寺の子院のひとつで、1354年から1359年まで後村上天皇の行在所になっていました🏠
摩尼院を出て左に向かうと本坊表門に着きます👣
本坊表門を入ると正面に大玄関があります✋
工事中の枯山水庭園を右側に見ながら進むと奥殿に着きます🚧
この奥殿が北朝の光厳、光明、崇光の三上皇と皇太子直仁親王が4年間御座所とされた所です✨
南北朝と関係の深いお寺だと初めて知りました😊
国宝がお目当てだったのですが、良い勉強になりました📚

大阪寺巡りの2寺目は、先の観心寺と同じく河内長野市に在る天野山 金剛寺です。
真言宗御室派で、本尊は大日如来。この大日如来と不動明王、降三世明王の三尊が国宝に指定されています。国宝に指定されたのは2017年、その年に京都国博で開催された国宝展に大日如来と不動明王の2躯が出展されており、間近で観させて戴きました。その時はデカい仏像だなあと思いましたが、今回金堂に安置されているのを観たら全然そんな事は無く、お堂にサイズがぴったりマッチしていました。やはり仏像は本来在る場所にて観るのが一番いいと感じました。
それにしても河内長野市には2件4躯の国宝仏が有って羨ましい限りです。
さて、この寺院は8世紀前半に聖武天皇の勅願により行基が開創、弘法大師空海が修行をしたと伝わります。その後衰退したが、高野山の僧の阿観が後白河法皇と八条女院のサポートにより再興、女性の参詣ができるようになり、女人高野と呼ばれる様になったとの事。(奈良の室生寺も女人高野で有名)また、南北朝時代には南朝の行宮として使用されていた由緒ある寺院です。塔頭(子院)もかなりの数在りましたが、明治の廃仏毀釈等により現在は3院しか残っておりません。
国宝の三像は、毎年4月14日~18日と11月1日~5日に金堂内で直接観る事が出来ます。特別拝観料は1000円。内陣と下陣との間を区切っている格子戸を取り外して拝観させて戴ける様です。(金堂以外のお堂には入れませんからちと高いように感じますが・・・)
現在の境内は南北方向に細長く、北側と南側に有料駐車場(500円)があります。北方面から来たため北側の駐車場に停めますが、その前に総門を車でくぐります。車を停めて南へ少し歩くと最初に本坊の表門がありますが横を通り過ぎて、もう少し行くと右手に摩尼院への道があります。こちらも通り過ぎると伽藍に入る楼門が右手にあります。
楼門をくぐると食堂、金堂、多宝塔が目に入ります。その上の段には薬師堂、五佛堂、観月亭。先ず金堂へ。真ん中に3mを超える大日如来坐像(台座、光背を会わせると6m超え)、左右には2mを超える明王坐像。大日如来像は平安時代末期作で、明王像は鎌倉時代作です。いいです。(他に言葉が思いつかないですね。)
不動明王は快慶の高弟の行快作と胎内の墨書により判明していますが、他の作者はわかっておりません。そんな事はどうでもよくなります。
じっくり眺めてから金堂を出て、上の段のお堂へ。でも堂内が観れるのは五佛堂のみ。平安時代作の五躯の仏像(重文指定・五智如来)が祀られているのが小さな窓から観れます。これも素敵です。出来れば薬師堂の薬師如来や多宝塔内部も観たいものです。(多宝塔に祀ってあった大日如来は現在宝物館に安置)
伽藍を後にして、来た道を戻って摩尼院へ。伽藍を拝観しているため拝観料は100円、ややこぢんまりとした庭が2つ、落ち着きますね。
摩尼院を出て、最後に本坊へ。現在庭園を改修工事中のため拝観料は200円。
改修工事中とはいえ、確かに素晴らしい庭園だとわかります。最奥に在るのは奥殿、北朝の御座所だった所です。(元は塔頭の観蔵院)
手前の客殿(入れません)の先には持仏堂(本尊は不動明王)、その先には宝物館があり、多数の仏像と仏画が展示されています。
国宝仏はさておき、新緑の季節や紅葉の時期に再度訪ねてみたいと思います。

金剛寺、ご開帳に合わせて行ってきました。
金剛寺金堂三尊像見てきましたよ。大日如来、不動明王、降三世明王ですよ。金堂が立派で中に安置されてました。
雨のせいか、人影もまばらで、全く混んでなくて、ゆっくり見られました。
入口の案内のお姉さんがなんでも横浜出身で、神奈川からはるばる参拝に来てくれたと喜んでました。地元話でしばらく盛り上がりましたよ。
住職も気さくな方で、こちらがフレンドリーに話しかけるためか、色々と解説してくれました。
観心寺みたいに、一定の人数を区切って次から次へとまわすこともなく、ゆっくりじっくり見られました。
住職曰く、写真撮りは本当は制限したいわけではないのですが、写真が一人歩きして本来の意図しない使われ方をされる、特にSNSで悪戯に加工されたらするので、禁止してるんですよ、とのこと。
大日如来に不動明王はともかく降三世明王が脇侍にいるのはとても珍しいとのこと。
近くまで行って、じっくり見学してくださいね。って言われました。
本当に近くです間近に見られてよかったです。
住職の話も変にかしこまってなく、世間話の延長上でいろんな話が聞かれて、面白かったです。
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