たきだにふどうそんみょうおうじ
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瀧谷不動尊 明王寺ではいただけません
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瀧谷不動尊 明王寺のお参りの記録(2回目)
投稿日:2024年10月13日(日)
参拝:2024年9月吉日
次の日は今までペーパードライバーで「バイクがあれば生きていける!!」と豪語していた次男が車を購入し、その納車日でした。
お祓いに付いて来てほしいと頼まれたので日本三不動の滝谷さんに向かいました。
滝谷不動明王寺様は821年に弘法大師が国家の安全と国民の幸せを祈るために開かれた御寺様です。
元は嶽山の山腹にありましたが、1360年の足利義詮による金胎寺城攻めで伽藍を焼失されてしまいました。この時、御本尊と脇侍は滝の下に移されて難を逃れています。
その後、何処からともなく盲目の老僧が現れ、滝の下で野ざらしになっていた御本尊を見つけ、小堂を建て復興しました。御本尊を日夜礼拝していた老僧は視力を回復し、いずくともなく立ち去ったといいます。
しかし、1463年の嶽山合戦で再び兵火により小堂を消失したため、現在の場所に移りました。
これが「眼のお不動様」と呼ばれる由縁で眼病平癒、さらにそこから派生して「芽のでるお不動様」として勉教、スポーツ、芸事、商売、そして本来の「厄除け」と幅広い信仰を集められています。
帰りは次男が運転したのですが、ご祈祷とドジョウ流しのお陰で無事帰宅出来ました(^-^)
お祓いに付いて来てほしいと頼まれたので日本三不動の滝谷さんに向かいました。
滝谷不動明王寺様は821年に弘法大師が国家の安全と国民の幸せを祈るために開かれた御寺様です。
元は嶽山の山腹にありましたが、1360年の足利義詮による金胎寺城攻めで伽藍を焼失されてしまいました。この時、御本尊と脇侍は滝の下に移されて難を逃れています。
その後、何処からともなく盲目の老僧が現れ、滝の下で野ざらしになっていた御本尊を見つけ、小堂を建て復興しました。御本尊を日夜礼拝していた老僧は視力を回復し、いずくともなく立ち去ったといいます。
しかし、1463年の嶽山合戦で再び兵火により小堂を消失したため、現在の場所に移りました。
これが「眼のお不動様」と呼ばれる由縁で眼病平癒、さらにそこから派生して「芽のでるお不動様」として勉教、スポーツ、芸事、商売、そして本来の「厄除け」と幅広い信仰を集められています。
帰りは次男が運転したのですが、ご祈祷とドジョウ流しのお陰で無事帰宅出来ました(^-^)
すてき
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れん太郎400投稿
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