御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

こうおんじ|浄土宗慈眼山

孝恩寺の御由緒・歴史
大阪府 水間観音駅

ご本尊阿弥陀如来
創建時代726年(神亀3年)
開山・開基行基
ご由緒

 聖武天皇は奈良の都を中心として近畿地方に49の立派な寺院を建てることを発願し、その建築の一切を僧行基ぎょうきに委嘱しました。 神亀3(726)年、その四十九院の一つとして当地に観音寺が創建され、創建当時は金堂や塔、多くの僧房等七堂伽藍しちどうがらんが立派にそびえていたと伝えられています。
 ところが、室町時代には当地に所領を持つ山名氏や大内氏が乱を起こし、その後、豊臣秀吉が紀伊国の根来寺ねごろじ等を攻めた「紀州攻め」の戦場となり、境内の建物はすっかり焼かれてしまい、唯一鎌倉時代に再建された観音堂(釘無堂)くぎなしどうだけが残りました。
また、戦火の中、仏像だけは助けねばと付近の川や池に投じ置き、後に救い出された20躯の仏像群が堂中におさめられました。
 孝恩寺は明暦元(1655)年に初代孝恩こうおん上人によって、観音寺の隣接地に創建された浄土宗寺院です。創建以来、木積村の檀那寺として、村人たちとともに荒廃する観音寺を守り続けてきました。
 近代に入ると、明治22(1889)年に観音寺は廃寺となりましたが、大正3(1914)年に本寺が旧観音寺の観音堂を仏像群等とともに合併しました。
孝恩寺は、木積村の檀那寺としての務めを果たすとともに、歴史的な建築物である国宝の観音堂(本堂)と平安時代に制作された仏像群等を守り続けてきた歴史ある寺院です。

歴史の写真一覧

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ