いしづじんじゃ
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楽しみ方石津神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年10月26日(日) 19時49分20秒
参拝:2025年10月吉日
もう一つの石津太神社。先の石津太神社と共に式内社、石津太神社に比定される論社です。我が国最古の戎様を祀る神社。野見宿禰が、神主になっていたとされ、由緒を見ると驚く事ばかり。出雲大社に次ぐ大社だったこともあるようですが、現在は大きな神社ではありません。
天穂日命の十四世孫、野見宿禰の後裔であるという「石津連」が祖神を祀ったとも考えられ、石津氏」は古墳の築造や埴輪の製造、葬送儀礼等に関わった「土師氏」と同族で、古墳が多く存在するこの地に存在するのは当然のような気がします。又、社伝によれば、「事代主神」がこの地に降臨して五色の神石を置いたためこの地を石津と称し、後に第五代孝昭天皇の七年に勅により当社が創建され、垂仁天皇の御代に石津氏の祖である「野見宿禰」を当社の神主にしたと伝えています。これについては石津太神社と同様です。現在の海岸線とは異なる時代で、鎮座地が変わっていないとは云えないので、どちららが式内社だったとは言いずらいですが、どちらも歴史ある神社であることには間違いありません。
天穂日命の十四世孫、野見宿禰の後裔であるという「石津連」が祖神を祀ったとも考えられ、石津氏」は古墳の築造や埴輪の製造、葬送儀礼等に関わった「土師氏」と同族で、古墳が多く存在するこの地に存在するのは当然のような気がします。又、社伝によれば、「事代主神」がこの地に降臨して五色の神石を置いたためこの地を石津と称し、後に第五代孝昭天皇の七年に勅により当社が創建され、垂仁天皇の御代に石津氏の祖である「野見宿禰」を当社の神主にしたと伝えています。これについては石津太神社と同様です。現在の海岸線とは異なる時代で、鎮座地が変わっていないとは云えないので、どちららが式内社だったとは言いずらいですが、どちらも歴史ある神社であることには間違いありません。

鳥居 扁額には「石津大社」

「日本笑姿初石津大社 」標石

明治五年(1872)奉納の燈籠


御神木



明治三十九年(1906)建立の「石津太神社」社号標


参道

寛保二壬戌年(1742)奉納の燈籠


手水舎

手水盤

文政十三年庚寅(1830)奉納の井戸
文政十三年は庚辰だが間違いだろうか?
文政十三年は庚辰だが間違いだろうか?


宝暦十三年癸未(1763)奉納の注連柱


境内社 野見宿禰社

狛犬


境内社 天満宮

手水鉢



狛犬


平成三年(1991)建立の拝殿

扁額

平成三年(1991)建立の本殿


境内社 猿田彦神社

嘉永三年(1850)奉納の狛犬




御神木


すてき
投稿者のプロフィール

サンダー2353投稿
2020年2月に九州旅行の折に熊本城へ行き、復興のつもりで始めました。そんな中、コロナウィルスが流行し100日参りをして病気平癒を願って参拝していましたが、さすがに外出できず途中で断念。 落ち...もっと読む
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