すがわらじんじゃ
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楽しみ方菅原神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年10月26日(日) 17時37分27秒
参拝:2025年10月吉日
地図上では大きな神社を想像していたが、思っていた程の大社ではありませんでした。入口や駐車場がどこなのかわかりずらく、適当に停めてしまいました。菅原道真が大宰府で自ら作り、海へ放たれた七天神のうちの一つである木像が堺に流れ着いたとされ、ご神体となっています。
鳥居、楼門を潜り境内に入ると拝殿に行き着くかと思いきや、先の鳥居の横にもう一つ鳥居がありその先に拝殿があります。天神さまでよくある配置で鳥居の直線上には配していない(怨霊となった菅原道真公、怨霊はまっすぐにしか進めない)のですが、こちらは別格の配置になっています。
学生の頃は、近所の天満宮に初詣は欠かさず、学業成就のお札も戴いていましたが、最近では熊野神社の乗り換えてしまいました。(すみません)想定より規模が小さかったのですが、それでもあちこち見て廻るのに時間を要し、最後に社務所へ立ち寄り境内社を合わせて御朱印を戴きました。三社分をご丁寧に書き入れて頂いたのの時間が掛かりましたので、先に御朱印帳を預けて参拝した方が良かったかなと少し後悔!
鳥居、楼門を潜り境内に入ると拝殿に行き着くかと思いきや、先の鳥居の横にもう一つ鳥居がありその先に拝殿があります。天神さまでよくある配置で鳥居の直線上には配していない(怨霊となった菅原道真公、怨霊はまっすぐにしか進めない)のですが、こちらは別格の配置になっています。
学生の頃は、近所の天満宮に初詣は欠かさず、学業成就のお札も戴いていましたが、最近では熊野神社の乗り換えてしまいました。(すみません)想定より規模が小さかったのですが、それでもあちこち見て廻るのに時間を要し、最後に社務所へ立ち寄り境内社を合わせて御朱印を戴きました。三社分をご丁寧に書き入れて頂いたのの時間が掛かりましたので、先に御朱印帳を預けて参拝した方が良かったかなと少し後悔!

社号標

鳥居

文久三年癸亥(1863)奉納の燈籠



慶安五年(1652)建立の随身門(府有形文化財)鉄砲鍛冶の榎並屋勘左衛門の寄進により延宝5年(1677)に建立。?どういうことだ?

随身様


随身門背面

随身門側面

小西行長手植の傘松の幹 小西行長の名前を見つけて少し興奮
神社の隣が小西行長屋敷跡で、その隣が奉行を務めた堺奉行所がありました
やはり堺は歴史ある町で、大河ドラマ「黄金の日々」を思い起こしました。
神社の隣が小西行長屋敷跡で、その隣が奉行を務めた堺奉行所がありました
やはり堺は歴史ある町で、大河ドラマ「黄金の日々」を思い起こしました。

浜寺公園千両松幹

寛政十一年己未(1799)奉納の百度石


鳥居

寛保元辛酉年(1741)奉納の燈籠


慶応四戊辰年(1868)奉納の狛犬



神輿台 長徳三年(997)と背面に刻まれていましたが、その他は読めず。奉納日ならば創建時のものだが。本当だろうか?天邪鬼が支えています


寛保元辛酉年(1741)奉納の燈籠


手水舎


宝永三丙戌年(1706)奉納の燈籠


拝殿

本殿



境内社鳥居

眷属の狐


境内社



御神牛

御神牛


享保十五庚戌年(1730)奉納の燈籠


鳥居

南大門

南大門背面

常楽殿

東大門

東大門背面

東参道入口

明治三午年(1870)燈籠

すてき
投稿者のプロフィール

サンダー2334投稿
2020年2月に九州旅行の折に熊本城へ行き、復興のつもりで始めました。そんな中、コロナウィルスが流行し100日参りをして病気平癒を願って参拝していましたが、さすがに外出できず途中で断念。 落ち...もっと読む
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