なにわのおおやしろ いくくにたまじんじゃ・いくたまじんじゃ
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楽しみ方難波大社 生國魂神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月27日(月) 22時26分21秒
参拝:2026年4月吉日
■祭神
生島大神(いくしまのおおかみ)
足島大神(たるしまのおおかみ)
相殿神
大物主大神
(おおものぬしのおおかみ)
別称を「難波大社(なにわのおおやしろ)」や「いくたまさん」という、歴史の古い神社です。
縁結び・縁切り・良縁成就・女性守護に強いご利益があるといわれています。
境内には11の末社があり、芸能上達の神様や商運・金物の神様、家づくりの神様など、多くの神様が祀られています。
生島大神(いくしまのおおかみ)
足島大神(たるしまのおおかみ)
相殿神
大物主大神
(おおものぬしのおおかみ)
別称を「難波大社(なにわのおおやしろ)」や「いくたまさん」という、歴史の古い神社です。
縁結び・縁切り・良縁成就・女性守護に強いご利益があるといわれています。
境内には11の末社があり、芸能上達の神様や商運・金物の神様、家づくりの神様など、多くの神様が祀られています。

社号標

正面の大鳥居(東門)
境内東側にある巨大な石鳥居
サントリー創業者の鳥井信治郎氏によって奉納されたものです。
自身の名字と同じ「鳥居」に縁を感じて寄進したといわれています。
境内東側にある巨大な石鳥居
サントリー創業者の鳥井信治郎氏によって奉納されたものです。
自身の名字と同じ「鳥居」に縁を感じて寄進したといわれています。

手水舎

社殿

拝殿

拝殿


■米沢彦八
上方落語の祖、米沢彦八は江戸時代で上方文化が一番華やかだった元禄時代の人です。
出身は難波村とされています。
当時、生國魂神社の境内は芸のフリーマーケット状態で、屋台のように舞台があり、琵琶法師みたいな人がいたり、二人組の漫才をやっていたり、隣同士で芸を競っていたようなんです。
上方落語の祖、米沢彦八は江戸時代で上方文化が一番華やかだった元禄時代の人です。
出身は難波村とされています。
当時、生國魂神社の境内は芸のフリーマーケット状態で、屋台のように舞台があり、琵琶法師みたいな人がいたり、二人組の漫才をやっていたり、隣同士で芸を競っていたようなんです。

彦八が最初に有名になったのは、笑い話というよりモノマネ。
しかもなんと大名のモノマネをしたらしい。「俄大名」とよばれていたこの芸、身分制度が厳しかった当時としてはあり得ない事です。
話芸でも武士を馬鹿にする話が多かったですし、彦八は大衆の側に立ち、反権力という側面も持っていた。
しかもなんと大名のモノマネをしたらしい。「俄大名」とよばれていたこの芸、身分制度が厳しかった当時としてはあり得ない事です。
話芸でも武士を馬鹿にする話が多かったですし、彦八は大衆の側に立ち、反権力という側面も持っていた。

■天満宮 (右手前)
◯祭神 菅原道真公
学業成就、合格祈願
■住吉神社(左奥)
◯祭神
底筒男神
中筒男神
表筒男神
海上安全、交通安全、和歌上達
◯祭神 菅原道真公
学業成就、合格祈願
■住吉神社(左奥)
◯祭神
底筒男神
中筒男神
表筒男神
海上安全、交通安全、和歌上達


■皇大神宮
◯祭神 天照皇大御神
国家安泰、家内安全。
日本人の総氏神
◯祭神 天照皇大御神
国家安泰、家内安全。
日本人の総氏神

■松尾芭蕉の句碑
芭蕉の最後の旅路の句。
芭蕉の最後の旅路の句。


奈良で見た美しい月を思い出しながら、難波の夜もまた素晴らしい月夜であると詠んだ。

■井原西鶴
「浮世草紙」と呼ばれる散文形式の作品によって、日本文学史上不滅の存在に。
『好色一代男』
『好色五人女』
『好色一代女』
『日本永代蔵』
『世間胸算用』
その出発点は俳諧でした。
寛文13年(1673年)3月
万句興行。彼の俳句芸を見るために多くの人が詰めかけ神前で前代未聞の「大矢数俳諧興行」を行なう。
※大矢数
暮六つ(夕方六時頃)から翌日の暮れ六つまで、一昼夜かけて一人で何句詠めるかを競うものです。
「浮世草紙」と呼ばれる散文形式の作品によって、日本文学史上不滅の存在に。
『好色一代男』
『好色五人女』
『好色一代女』
『日本永代蔵』
『世間胸算用』
その出発点は俳諧でした。
寛文13年(1673年)3月
万句興行。彼の俳句芸を見るために多くの人が詰めかけ神前で前代未聞の「大矢数俳諧興行」を行なう。
※大矢数
暮六つ(夕方六時頃)から翌日の暮れ六つまで、一昼夜かけて一人で何句詠めるかを競うものです。

初めなので1000句ほどしか読めませんが、大矢数の1位競争で、
江戸の俳諧と競う意味で、名前を鶴永から西(上方)鶴にしました。
1684年(貞享元年)には、摂津住吉神社前で一昼夜23500句の
独吟を達成しました。以後、時に二万翁と自称。
江戸の俳諧と競う意味で、名前を鶴永から西(上方)鶴にしました。
1684年(貞享元年)には、摂津住吉神社前で一昼夜23500句の
独吟を達成しました。以後、時に二万翁と自称。

■織田作之助 文豪・オダサク
大阪を舞台にした名作『夫婦善哉』で知られる。生誕100年を記念して2013年に建立され、近隣の出生地や作品の舞台を見守るように、境内北側の「生玉の杜」付近に佇んでいます。
大阪を舞台にした名作『夫婦善哉』で知られる。生誕100年を記念して2013年に建立され、近隣の出生地や作品の舞台を見守るように、境内北側の「生玉の杜」付近に佇んでいます。

■八雲琴
文政3年(1820年)に伊予国(現在の愛媛県)の中山琴主が出雲大社の神託を受けて創始した楽器で、二本の弦を同音に調律するのが特徴です。出雲琴、玉琴とも呼ばれました。
文政3年(1820年)に伊予国(現在の愛媛県)の中山琴主が出雲大社の神託を受けて創始した楽器で、二本の弦を同音に調律するのが特徴です。出雲琴、玉琴とも呼ばれました。

八雲琴の碑は、明治期に関西の地歌箏曲界で八雲琴が普及した歴史を伝えるものとなっています。


■浄瑠璃神社(じょうるり)
近松門左衛門など文楽の先賢を祀り、文楽の祖神として信仰される。芸事・舞踊の上達を願う人が多く訪れます。
芸能上達、技芸上達。
近松門左衛門など文楽の先賢を祀り、文楽の祖神として信仰される。芸事・舞踊の上達を願う人が多く訪れます。
芸能上達、技芸上達。

■家造祖神社
(いえつくりみおや) (左側)
◯祭神
手置帆負神
彦狭知神
家造の祖神を祀り、建築・土木・不動産業の守護神として崇敬されています。
■鞴神社(ふいご) (右側)
◯祭神
石凝杼売命
香具土神
火の神・金物の神を祀り、製鉄・機械工具・金物業界の人々に親しまれています。
(いえつくりみおや) (左側)
◯祭神
手置帆負神
彦狭知神
家造の祖神を祀り、建築・土木・不動産業の守護神として崇敬されています。
■鞴神社(ふいご) (右側)
◯祭神
石凝杼売命
香具土神
火の神・金物の神を祀り、製鉄・機械工具・金物業界の人々に親しまれています。

■城方向八幡宮(きたむき)(手前)
◯祭神
誉田別命
気長足媛命
玉依比売命
かつて大坂城の方向(北)を向いて鎮座していたため、城の守護神として崇敬されました。
◯祭神
誉田別命
気長足媛命
玉依比売命
かつて大坂城の方向(北)を向いて鎮座していたため、城の守護神として崇敬されました。


■精鎮社(せいちん)
◯祭神
事代主神
比咩大神
漁業・商売繁盛、病気平癒。
元は参道の蓮池に祀られていた
◯祭神
事代主神
比咩大神
漁業・商売繁盛、病気平癒。
元は参道の蓮池に祀られていた

立派な錦鯉


精鎮社

■稲荷神社(左)
○祭神
倉稲御魂神
商売繁盛、五穀豊穣。
佐賀の祐徳稲荷神社からの分祀
■源九郎稲荷神社(中央)
○祭神
源九郎稲荷大明神
八兵衛大明神
商売繁盛、歯痛の緩和など
■鴫野神社(右)
◯祭神
市寸島比売神
大宮賣神
淀姫神
女性守護、縁切り・良縁結び。
淀殿が篤く信仰したとされる
○祭神
倉稲御魂神
商売繁盛、五穀豊穣。
佐賀の祐徳稲荷神社からの分祀
■源九郎稲荷神社(中央)
○祭神
源九郎稲荷大明神
八兵衛大明神
商売繁盛、歯痛の緩和など
■鴫野神社(右)
◯祭神
市寸島比売神
大宮賣神
淀姫神
女性守護、縁切り・良縁結び。
淀殿が篤く信仰したとされる



狛犬

狛犬


すてき
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