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せっつのくに こくぶんじ(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)|真言宗国分寺派大本山護国山

摂津之国 國分寺(金光明四天王護国之寺)のお参りの記録一覧
大阪府 天神橋筋六丁目駅

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ゆう
ゆう
2023年08月13日(日)56投稿

大阪十三巡りで訪れました。御朱印は複数あります。

摂津之国 國分寺(金光明四天王護国之寺)の御朱印

初めての参拝なので、お大師様にしました。

摂津之国 國分寺(金光明四天王護国之寺)(大阪府)

広い道に面してはいますが、住宅街でもあります。

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きどっち
きどっち
2023年05月07日(日)1533投稿

真言宗国分寺派大本山 護国山 金剛院 国分寺

摂津国八十八箇所 第9番札所
近畿三十六不動尊霊場 第7番札所
西国薬師四十九霊場 第17番札所
おおさか十三仏霊場 第9番札所

御本尊 薬師如来坐像

第36代孝徳天皇が飛鳥から遷都した「難波長柄豊崎宮」。
孝徳天皇没後、都は再び飛鳥へと移されましたが、この長柄豊碕宮の一角に孝徳天皇の菩提を弔うために建てられた「長柄寺」が起源とされています。

天平13年(741年)に聖武天皇が国分寺創建を発願し、1国1寺を目標に国分僧寺と国分尼寺が建てられました。
摂津国ではこの長柄寺が国分僧寺として指定されました。

慶長19年(1614年)大坂冬の陣の戦火にあい全焼、その後100年ほど荒廃状態が続いたといいます。
享保3年(1718年)になり、快円律師により復興されました。
明治時代には廃仏毀釈などによって寺領は大幅に縮小されました。
さらに1945年の大阪大空襲によりほぼすべてを焼失し、現在の山門の2本の柱を残すのみとなったそうです。
1965年の昭和金堂や護摩堂などを落慶し、現在にいたるそうです。

御朱印は各霊場めぐりの御朱印以外にも特別御朱印や限定御朱印などありました。
たくさんあり過ぎて迷ってしまいましたが、今回は「近畿三十六不動尊霊場 みのり不動尊」「ご詠歌」、そして「花まつり」限定御朱印をいただきました。

摂津之国 國分寺(金光明四天王護国之寺)の山門・神門

山門

摂津之国 國分寺(金光明四天王護国之寺)のその他建物

壁の定規筋が五本、格式の高さを表していますね

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四季
四季
2023年03月10日(金)566投稿

護国山 金剛院 国分寺

~🪷🐇弘法大師御誕生1250年記念🪷~

山号  護国山
院号  金剛院 
宗旨  真言宗
宗派  真言宗国分寺派
寺格  大本山
御本尊 薬師如来坐像
創建年 655年
開基  道昭(道照)
中興年 1718年
中興  快円(快圓)

別称 摂津国分寺
   長柄国分寺
札所
 摂津国八十八ヵ所霊場 第9番
 近畿三十六不動尊霊場 第7番
 おおさか十三佛霊場 第9番
 西国四十九薬師霊場 第17番
 御詠歌 
 み佛の護りたまえる国分寺 
 ゆるぎなき世の鎮めなりけり
 
 
明治6年まで1宗1派に属しない勅願道場として独自の地位にあり、江戸時代、関所道中御免の鑑札発行所としての特権を与えられ、また全国各地に有縁の衆徒数千人を数えるなど隆盛を極めましたが、その後の廃仏毀釈や神仏分離の影響は免れず衰退するも明治末期に教昇大僧正が国分寺の再興を果たされ、戦後になり真言宗国分寺派を公称、大本山国分寺として現在に至ります。

弘法大師御誕生1250年記念
ふと 国分寺はいくつあるの?
741年(天平13年)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の日本の各国に建立を命じた寺院であり、国分僧寺と国分尼寺に分かれていて、畿内だけで、推定を含め11カ寺…‥。
次は摂津国分尼寺とされる 勝寶山法華寺さま(東淀川区)にもお参りさせて頂きたいと思います。

大阪市北区国分寺1-6-18

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四季
四季
2023年01月01日(日)566投稿

護国山 金剛院 国分寺

   🎍謹賀新年🎍
~ゆく年 🪷🐯🐇🪷くる年~

山号  護国山
院号  金剛院 
宗旨  真言宗
宗派  真言宗国分寺派
寺格  大本山
御本尊 薬師如来坐像
創建年 655年
開基  道昭(道照)
中興年 1718年
中興  快円(快圓)

別称 摂津国分寺
   長柄国分寺
札所
 摂津国八十八ヵ所霊場 第9番
 近畿三十六不動尊霊場 第7番
 おおさか十三佛霊場 第9番
 西国四十九薬師霊場 第17番
 御詠歌 
 み佛の護りたまえる国分寺 
 ゆるぎなき世の鎮めなりけり
 
 
明治6年まで1宗1派に属しない勅願道場として独自の地位にあり、江戸時代、関所道中御免の鑑札発行所としての特権を与えられ、また全国各地に有縁の衆徒数千人を数えるなど隆盛を極めましたが、その後の廃仏毀釈や神仏分離の影響は免れず衰退するも明治末期に教昇大僧正が国分寺の再興を果たされ、戦後になり真言宗国分寺派を公称、大本山国分寺として現在に至ります。

年末に摂津国分寺さま、みのりちゃんこきょうくんにご挨拶に上がりました。
新年を迎える準備が整い、お参りのご家族連れの方々が次々とご挨拶にいらっしゃっていて、何とも幸せな気持ちになりました。
その皆さんが『除夜の鐘』をついていらっしゃり、鐘の清々しい音が天六中に響きわたっていました。

岩本観寧和上さまに新しくできた会館にご案内おもてなしを頂き、名幸観教執事長さまにご拝顔叶いましたことに、胸が一杯になりました。
ありがとうございました。
あまりの嬉しさに、阪神高速環状線を2周
まわり大阪の景色を目に焼き付けました。

大阪市北区国分寺1-6-18

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