だいもんじぞう
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大門地蔵ではいただけません
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大門地蔵のお参りの記録(1回目)
投稿日:2018年02月25日(日)
参拝:2018年2月吉日
称念寺の横にあるのですが、お寺の犬に吠えられながらの撮影(笑)
ここのお地蔵様には首が無いそうな。
のぞき込んでみたら確かになさそう・・・。
龍華寺の大門横にあった地蔵様なのでこう呼ばれているらしいです。
八尾において地名にもなっている今は無き奈良時代に創建された「龍華寺(りゅうげじ)」と言うお寺は大いに意味のあるお寺だったそうで、この場所を別名「橘島」と言われていたそうです。古大和川と平野川に挟まれた地だったので「島」です。
「橘」の語源が「龍華」を「立花」と書いて「橘」になった事からそう呼ばれているのだそうです。(もう一説では754年(天平勝宝6年)に、風雨が治まるように大和川へ櫛笥と橘を流したところ、橘が当地で止まったことによるものと言うのもあるそうです)交通の要所にもなっており大いに栄えたようですが、現在は小学校になっているようです。
橘は聖徳太子の家紋と言われています。
で、このお地蔵様もそこにあったんですが、誰が移動したのか現在はこちらに鎮座。
この日もご近所なのか、普段着のおじいさんが恭しくお参りに来ていらっしゃいました。
ここのお地蔵様には首が無いそうな。
のぞき込んでみたら確かになさそう・・・。
龍華寺の大門横にあった地蔵様なのでこう呼ばれているらしいです。
八尾において地名にもなっている今は無き奈良時代に創建された「龍華寺(りゅうげじ)」と言うお寺は大いに意味のあるお寺だったそうで、この場所を別名「橘島」と言われていたそうです。古大和川と平野川に挟まれた地だったので「島」です。
「橘」の語源が「龍華」を「立花」と書いて「橘」になった事からそう呼ばれているのだそうです。(もう一説では754年(天平勝宝6年)に、風雨が治まるように大和川へ櫛笥と橘を流したところ、橘が当地で止まったことによるものと言うのもあるそうです)交通の要所にもなっており大いに栄えたようですが、現在は小学校になっているようです。
橘は聖徳太子の家紋と言われています。
で、このお地蔵様もそこにあったんですが、誰が移動したのか現在はこちらに鎮座。
この日もご近所なのか、普段着のおじいさんが恭しくお参りに来ていらっしゃいました。
みんなのコメント(3件)
テラヨリーモ・ジンジャスキー
細かく色々なことまで勉強になります。
私は「え、櫛笥どこいった?」と気になります。
どこかに流れ着いたのか沈んだのか拾われて名前が残ってるか…。
こういう名前や地名の由来の話は勝手に妄想が進んでしまい、個人的にとても好きです。
2018年02月25日(日)
大和川は今も昔も荒い川ですので、木っ端みじん・・・?
そもそも、どうして櫛笥なんか流したんだと思いましたけどね(苦笑)
無くなってゆく土地名が多い昨今、古い地名が残っていると私もワクワクします。
2018年02月25日(日)
木っ端みじん!現実的(笑)
2018年02月25日(日)
ホトカミ見ました! で広がるご縁
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