いそのかみふつみたまじんじゃ
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楽しみ方石上布都魂神社のお参りの記録一覧(2ページ目)

備前一宮で、御祭神が素戔嗚命である石上布都魂神社です。素戔嗚命様がヤマタノオロチを退治した剣が納められているとされています。そして奥の大松山の山頂には本宮があって御神体の巨石が祀られています。本宮の鳥居は「白龍の段段」へと続いていて、おとぎ話しのような美しさです。本宮は宇宙と繋がってるような、宇宙と交信できそうな感じがします。今日は開運日ということで、ありがたくお参りさせていただいて、エネルギーチャージできました。友達と一緒の楽しい参拝となりました。ありがとうございます。

拝殿

本殿

稲荷神社

白龍の段段

本宮

御神体の磐座

本宮は山頂なため眺めが素晴らしいです

岡山県赤磐市石上に御鎮座する備前國一宮の石上布都魂神社に参拝に行って来ました。岡山県と広島県の一宮を巡った時に行けなかったので、今回参拝に行けて良かったです。
本宮への道は凄く険しかったですが、なんとか登り切り、本宮を参拝し磐座も見てきました。
磐座のある場所は禁足地になっています。
本宮の拝殿の後方になります。
御朱印や御守りなどは、自動販売機で販売していました。その自販機はパンやお菓子などが売っている自販機と同じでした。
良く考えたなーと思いました。
御祭神は素戔嗚命になります。
素戔嗚命が奉納した神剣は崇神天皇の時代に大和の石上神宮に移されたが、この事は石上神宮の御由緒にも記されている。
明治7年(1874年)石上神宮では古記録に基づき神剣発掘を行ったところ、真っ赤に錆びた剣が出土した。これこそ素戔嗚命が大蛇大蛇の大蛇の麁正(あらまさ)の剣であるとし、大正年間の記録によって刀工月山貞一が三振りを複製、その中の一振りがゆかりのある吉備の当社に奉納されました。

最初の鳥居

神社の由来


磐座祭縁起

駐車場前の表参道を歩いて行きます。

拝殿

拝殿右側にある祓殿

拝殿右側奥にある稲荷神社

手水社

狛犬

狛犬

本宮へ約10分くらいで着きます。

本宮の鳥居

本宮

拝殿跡

神楽殿跡

元々の本宮の図

この石撫でて、苦悩は今年も無縁


この自販機には御守りを販売してました。

この自販機は御朱印が販売されてました。御朱印帳の大判、小版、全国一宮御朱印帳の一番大きいサイズの御朱印もありました。

このように自販機が3台並んでました。

雲一つない快晴の日に お参りできました。本殿も白龍の段段も 青い空に映えて本当に美しいです。10月ですが木々にも勢いがあって 登っていると元気になります。本殿の奥に見える巨石は 空に突き抜けていて 宇宙と繋がっている気がします。山頂の主の迫力と、参拝者を包み込む寛大さを感じました。

備前一宮の神社であって、素盞鳴命が八岐大蛇を退治した剣を納めたとされるところです。

白龍の段段
宇宙に飛び出すようなわくわく感があります。

本殿
拝殿から500メールの距離を登りますが、険しいので履き慣れたスニーカーがおすすめです。

全国一宮巡拝で訪れました。
一宮の中でも数えるほどしかないくらい山の中にあります。
バスはありますが1日に3本ほどしかないので車での参拝をお勧めします。

《鳥居》

《境内図》

《参道入口》

山登りとなるので竹杖が準備されています

《参道》

《手水舎》
水は流れています。

どうやら今年で復興350年だそうです。

《拝殿》

《本殿》
流造です。古ぼけた感じが時代を伝えます。

《末社・稲荷神社》

《社務所》
今日は土曜だったためか職員さんがいらっしゃり、御朱印も書いていただきました。

《本宮入口》
山の頂上へ続いています。

《参道の階段》

中腹に像が…

《本宮の鳥居》

《本宮境内》

どうやら平安時代には頂上に拝殿や本殿が建立されていたみたいですね。

《本宮社殿》

この社殿の後ろにあるのが磐座です。

《休憩所》
中はおもてなし精神MAXです。

お守りの自動販売機のようです。
やはり山の中なため神職さんも常駐しているわけではないようで、御朱印も書き置きをこちらでいただけます。

備前国一宮
既に当地での仕事は始まっていましたが、最後までうまく運ぶよう、やはり地元の一宮で祈願しないわけにはいかないということで参りました。
車を止めて、登山道を登ると社務所と現在の本社があります。ご朱印を社務所にお願いしてから、さらに石段、山道を登り、本宮と磐座(いわくら)を目指しました。本宮には、今は拝殿はなく、小さな本殿が構えています。
秋から冬にかけての早朝には眼下に雲海も見られるそうです。
結果、仕事の方は、翌年2月中旬何とか遂げられたので、やはり神頼みは大切だなぁと実感した次第です。

ブルーシートがかぶせてあるところは鳥居の土台です。数か月後に通りがかったときには真新しい鳥居ができあがっていました。電柱の横に社号標。ここから右に数百メートルまで車で入ります。


現本社






手前は拝殿跡、奥に本宮


本宮を囲むように盤座(いわくら)

本殿脇から入り、急勾配の山道の先にある本宮へ。とても霧の濃い日の参拝でした。鳥居から見上げる 龍の道は まるでSF映画。未知との遭遇ができそうなミステリアスで幻想的な体験でした。

「迫龍の段段」


山頂にある本宮と巨石
宇宙と繋がっている感じがします。


#石上布都魂神社 #お神社様
祭神はスサノオの命。
#素盞鳴命
物部氏の氏神神社といえば、石上神宮(奈良県天理市)。ご祭神はフツノミタマの大神、フルノミタマの大神、フツシミタマの大神の3座だ。
このうちフツノミタマの大神は、神武東征で苦戦する皇軍へのテコ入れにと、”たかまのはら”から投入された剣。そしてフツシミタマの大神は、スサノオの尊がヤマタノオロチを倒すのに使った剣だ。
剣としての呼び名は日本書紀の別伝ごとに異なり、3種類ある。”おろちのあらまさ”、”からさびの剣”、”あめのははきりの剣”だ。このうち”からさびの剣”と記す別伝は、この剣は「吉備の神主のところにある」とする。
パンフによれば、この「吉備の神主のところ」こそがここ石上布都魂神社。また、石上神宮の保有する文献にも、「元は備前国の赤坂宮にあった」と書かれているそうだ。
パンフはさらに、大沢惟貞という人物の著書に、「剣が備前から大和へ移されたのは崇神天皇の御代」とあるという。
崇神天皇の時代といえば、吉備津彦神社や吉備津神社(共に岡山市北区)のご祭神、オオキビツヒコの命ら四道将軍が各地を平定したのがこのころ。
日本書紀だと、出雲大社の神宝を崇神天皇が大和へ運び入れさせたが、これを管理していたフルネが難色を示すと、キビツヒコらを派遣してフルネを殺させたとある。
似たようなことが備前でも起こったのだろうか。

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