たまいぐうとうしょうぐう
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楽しみ方玉井宮東照宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年07月20日(日) 01時41分06秒
参拝:2025年6月吉日
岡山市中区にある神社です。小さな山の頂上にある神社です。
街道からぐぐっと曲がる道を上がっていくと 山上の駐車場に行けます。
とても細い道ですれ違いは不可能だ こわ~と思っていたら 一方通行になっていました。
駐車場から すぐに鳥居・隋神門へと進めます。
一の鳥居が麓にあったので 一度石段を下りて写真を撮って また上ってきました。
これけっこうきつい。
境内社がとても多かったです。駐車場付近に5社。隋神門から内側に4社。遥拝所も2つ。
拝殿はとても立派で 天井に氏子の家紋かな(?)が書かれていて これは地域で大切にされている神社なんだなぁと分かります。
本殿は木に囲まれていて写真ではしっかり見えないですが 屋根の修復工事が予定されているそうです。
長く守り続けるために 長期的な視野で改修工事をしていかなければならないんですね。
それにしても 古い建物を維持するのは大変です。
金持ちでもない私ができることは 少しお高い御朱印を拝受することだけです。
お参りをすませたあとに社務所に向かうと 何やらカーテンを閉めたり戸を閉めたり 「今から会議があるので」 と言いつつ御朱印を書いてくださいました。
本当にぎりぎりだったと思います。ありがとうございました。
この日は 本当にありがたいことばかりでした。
ますます岡山が好きになりました。
ネット情報です。
主祭神は豊玉比売命・彦火火出見命・玉依比売命・徳川家康公です。
玉井宮は 元来 児島半島東端の児島郡小串村大字光明崎(現・岡山市南区小串)に鎮座していた。
大宝3年(703年)に創建された。
応徳2年(1085年)当地に玉井宮として移転遷座した。
この時の祭神は豊玉比売命1柱のみであったと伝えられている。
現在の地に遷座してからの歴史しかはっきりしておらず 元地である光明﨑に鎮座していた時期のことがはっきりとわかっていない。
正保2年(1645年)岡山藩主池田光政は この地に岡山城ならびに城郭と岡山神社・今村宮・玉井宮の氏子区域(旧岡山72町内)すべての総鎮守として東照宮を勧進した。
岡山市の総鎮守である。
また 玉井宮は前の広場(現在の駐車場)に移転された。
玉井宮と東照宮は場所を同じくしていたが別々の神社であった。
明治時代になり 明治14年(1881年)玉井宮と東照宮が合祀された。
社名は玉井宮東照宮となり 県社に列格した。
明治33年(1900年)旧玉井宮の建物を移転し 西日本一の大拝殿の建立が行われ 境内が整備された。
街道からぐぐっと曲がる道を上がっていくと 山上の駐車場に行けます。
とても細い道ですれ違いは不可能だ こわ~と思っていたら 一方通行になっていました。
駐車場から すぐに鳥居・隋神門へと進めます。
一の鳥居が麓にあったので 一度石段を下りて写真を撮って また上ってきました。
これけっこうきつい。
境内社がとても多かったです。駐車場付近に5社。隋神門から内側に4社。遥拝所も2つ。
拝殿はとても立派で 天井に氏子の家紋かな(?)が書かれていて これは地域で大切にされている神社なんだなぁと分かります。
本殿は木に囲まれていて写真ではしっかり見えないですが 屋根の修復工事が予定されているそうです。
長く守り続けるために 長期的な視野で改修工事をしていかなければならないんですね。
それにしても 古い建物を維持するのは大変です。
金持ちでもない私ができることは 少しお高い御朱印を拝受することだけです。
お参りをすませたあとに社務所に向かうと 何やらカーテンを閉めたり戸を閉めたり 「今から会議があるので」 と言いつつ御朱印を書いてくださいました。
本当にぎりぎりだったと思います。ありがとうございました。
この日は 本当にありがたいことばかりでした。
ますます岡山が好きになりました。
ネット情報です。
主祭神は豊玉比売命・彦火火出見命・玉依比売命・徳川家康公です。
玉井宮は 元来 児島半島東端の児島郡小串村大字光明崎(現・岡山市南区小串)に鎮座していた。
大宝3年(703年)に創建された。
応徳2年(1085年)当地に玉井宮として移転遷座した。
この時の祭神は豊玉比売命1柱のみであったと伝えられている。
現在の地に遷座してからの歴史しかはっきりしておらず 元地である光明﨑に鎮座していた時期のことがはっきりとわかっていない。
正保2年(1645年)岡山藩主池田光政は この地に岡山城ならびに城郭と岡山神社・今村宮・玉井宮の氏子区域(旧岡山72町内)すべての総鎮守として東照宮を勧進した。
岡山市の総鎮守である。
また 玉井宮は前の広場(現在の駐車場)に移転された。
玉井宮と東照宮は場所を同じくしていたが別々の神社であった。
明治時代になり 明治14年(1881年)玉井宮と東照宮が合祀された。
社名は玉井宮東照宮となり 県社に列格した。
明治33年(1900年)旧玉井宮の建物を移転し 西日本一の大拝殿の建立が行われ 境内が整備された。

麓にある一の鳥居



この石段を上がります

空襲で壊れた鳥居の一部(?)

鳥居について

隋神門正面鳥居

由緒書

一の鳥居から上がる石段

手水舎と立派な案内板

隋神門

隋神門の説明

本殿修復事業について

本殿前柱門

本殿

祭神について

内陣

境内社 金龍神

由緒書

金龍神 祠

本殿横から

こちらも本殿 木に囲まれています

境内社 白龍神

由緒書

白龍神 祠

宇佐八幡宮 遥拝所

鵜戸神宮 遥拝所

さざれ石

境内社 天満宮

境内社 坂中荒神社

境内社 少宮社

境内社 三勲神社

境内社 玉満稲荷社

境内社 倉稲魂社

境内社山川神社
すてき
みんなのコメント(2件)
シンくん先日は書き込みありがとうござます。
愛知県、愛西市の一心寺さんのところに返信をようやく書かさせて頂きましたので、お時間がある時に目を通して頂ければ幸いです。
2025年07月21日(月) 06時05分55秒
シンくんさん こんばんは。
ありがたく拝読させていただきました。
シンくんさんとお話(コメント)させていただいたのは もしかしたら初めてかも知れませんが 気分はもうすっかり大親友です。
これからもいろいろと教えていただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
2025年07月21日(月) 21時48分26秒
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くるくるきよせん3057投稿
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