うなぎひめじんじゃ
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楽しみ方宇奈岐日女神社のお参りの記録一覧
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参拝記念⛩️✨️
宇奈岐日女神社
大分県由布市湯布院町に鎮座する宇奈岐日女神社へ参拝に上がらせて頂きました🙏
由布院総鎮守の神社ということで駅前を少し先にいった所に立派な大鳥居から参道が始まりました。
車で通過したため大鳥居の写真はなし(^_^;)
とても落ち着いた雰囲気が漂う境内に、特徴的な可愛らしい狛犬さんに迎えられてからの立派な総門✨️
拝殿・本殿も弁天造りでとても見どころが多かったです。
手水舎の正面に見慣れない建屋があり社務所でお聞きしたら、祓殿と教えて頂きました。
温泉に入りたくて由布院で宿泊させて頂いたのですが、早々と由布院をあとにせず💦
由布院で朝から温泉に浸かりのんびりと参拝に上がらせて頂き至福な2日目のスタートとなりました。
霧がすごくて由布岳を拝めなかったので、また訪れたいと思います🙏

年末に一度参拝し、年が明けてから改めて参拝しようと思っていました。
実は、数年前、違う神社で交通安全のお守りを授かったのですが、車を擦ったりしてしまう事が何度かあり、自分の不注意ではあるのですが、重大な事故を起こしてはいけないと気持ちを引き締めたく、縁があって宇奈岐日女神社に参拝しました。
オレンジ色の交通安全ステッカーを授かり、運転時常に目に入る所に貼っておりますm(_ _)m
それ以降は安全に運転出来ている為、毎年このステッカーを授かっています。
いつも思わず声を出して挨拶をしたり(側から見ると変な人です)、沢山話を聞いて頂ける(流石に心の中で話しています)、私の癒しの場所です。
地元では六所さんと呼ばれ親しまれています。
いつも見守ってくださりありがとうございます。

【宇奈岐日女神社(うなぎひめじんじゃ)】
宇奈岐日女神社は、大分県由布市湯布院町川上に鎮座します。六柱の祭神を祀ることから別称「六所宮」といわれています。
-祭神ー
①国常立尊 (くにとこたちのみこと)…神世七代の最初の神。国土形成の根源神、国土の守護神。
②国狭槌尊 (くにさつちのみこと)…国常立尊に次ぐ神世七代第2神。
③彦火火出見尊 (ひこほほでみのみこと)…天孫 瓊瓊杵尊と木花開耶姫の子。山幸彦。神武天皇の祖父。
④彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊 (ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)…神武天皇の父。
⑤神倭磐余彦尊 (かむやまといわれひこのみこと)…初代 神武天皇。
⑥神渟名川耳尊 (かむぬなかわみみのみこと)…第2代 綏靖(すいぜい)天皇。

豊後国速見郡の式内社です。由布院の総鎮守とされている神社で、由布岳の神体としています。社名はウナグヒメという神様を祀っていたという説や、由布院盆地が湖であったことからそこにいた鰻の精霊が集合したという説などがあるそうです。

《一の鳥居》
市街の中心に巨大な鳥居があります。

《社務所》
お参りした時間が社務所ギリギリの時間だったようで、社殿の方に行こうと思ったら職員さんがお声がけくださって御朱印をいただけました。

そうしは不詳ですが、景行天皇が九州西征のみぎり、景行天皇みずから神を祭った親祭の宮とされ、景行天皇12年(82)10月に当地の速津姫が勅を奉て創祀したとも伝えられています。御祭神は、国常立尊・国狭槌尊・彦火火出見尊・彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊・神倭磐余彦尊・神渟名川耳尊の六柱の神々。康保年中(964-968)性空上人が由布岳に六観音の霊場を開いて佛山寺を開基し、宇奈岐日女神社と習合して六柱の神々を祀ったことから、六所宮、六所様、木綿大明神と称されました。
当初の御祭神は、『六国史』に見るように宇奈岐日女神、北東に座する由布岳の化身であったとも、古く沼地であった湯布院盆地の沼沢の精霊であったとも考えられています。
伝承では、宇奈岐日女神、かつて由布院盆地に広がっていた湖を見て、力自慢の従者の道臣命に命じ、湖の西にあった山を蹴破らせます。たちまち湖水は流れ出し、大分川となって別府湾に流れ込み、現在の盆地を造ったとされ、南西4kmほどにある蹴裂権現社がその場所だとされています。湖には、もともと大きな龍が棲んでいたものの、水が干上がったせいで龍は神通力を失ってしまいます。龍は小さな場所でも良いから安心して住める池が欲しい、そうすれは美しい水を湧き出させ、村の人々を守ると宇奈岐日女神に願います。宇奈岐日女神は願いを聞き入れて残したのが金鱗湖とされています。
そのことから宇奈岐日女神は、農業の神、水神様として親しまれ、湯布院の守護神として崇敬されています。また、「うなぐ」とは、勾玉などの飾りを意味し、勾玉を首からかけた身分の高い女性が巫女として仕えたことから、宇奈岐日女は神に仕える巫女だったとも考えられています。神託を伝えることで、政治を司どり、神格化されたとの説もあります。
明治6年(1873)郷社に、大正12年(1923)県社に列格しました。境内は、大木の御神木の並ぶ鬱蒼とした社叢でしたが、平成3年(1991)9月27日の台風19号により倒され、144本の樹々を失いました。その中には、最長55m、幹回り9m、樹齢600年を超える大杉が何本かあり、現在その一部の切株が、御年社と並んで祀まつられています。
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