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楽しみ方葛城一言主神社のお参りの記録一覧
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葛城一言主神社の由緒を見ると…
雄略天皇一行が山の中を歩いていると一言主大神の一行と遭遇、服や装備品をささげると快く受け入れ、最後まで送ってくれたそうです。
場所が場所だけに、神との遭遇というよりは実際に雄略天皇と出雲系の人々が遭遇したのではないか、そして事代主と雄略天皇が遭遇したのでは表向きまずいので一言主と名前を変えて祀ったのではないか…なんて考えてしまいます。
本殿は日が沈む山を背に作られていました。
蜘蛛塚という塚もあり、これは謂れが気になりますね。これがズバリ出雲系一族のお墓かはわかりませんが、やはり大和朝廷に従わない一族がいた証なんでしょうか。
妻入、平入のお社が並んでいて、祭神によってお社の形式を変えている様子は大変勉強になりました。
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#葛城一言主神社
ご祭神はカツラギノヒトコトヌシの大神、ワカタケルの尊。
#葛城之一言主大神 #一言主大神
古事記では一言主大神、土佐国風土記逸文では一言主尊、先代旧事本紀では葛木一言主神。
先代旧事本紀によればスサノオの尊の御子神。他の本や神社のHPなどでは、同じ記述は見たことがない。ここ葛城一言主神社は、パンフによれば彼にとって総本宮にあたる。
古事記では、第21代・雄略天皇の時代に登場。葛城山で彼の前に姿を現し、問われるまま自身の名を明かした。天皇はたちまち恭順の意を示し、刀、弓矢、官人たちの着ていた衣服などを彼に捧げた。これに対しヒトコトヌシの大神は友誼をもって応え、供え物を喜んで受領したほか、下山する一行を麓まで見送った。
#幼武尊
上述した雄略天皇そのひと。古事記でさえ残虐な天皇だったと伝えるが、神様からは何かと愛でられていたようで、ヒトコトヌシの大神との邂逅に加え、豊受大神宮(三重県伊勢市)の創建にまつわる逸話が知られる。何でも、アマテラス大御神自身が彼の夢に現れ、「丹波の国からトヨウケの大神を呼んできて、私のそばに祀ってちょうだい!」と求めたらしい。
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