こうふくじ なんえんどう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方興福寺 南円堂のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月21日(水) 18時09分49秒
参拝:2026年1月吉日
いま、ふたたびの奈良へ🦌 ⑦
奈良旅、最後の目的地の興福寺。広い伽藍の中でも、特に賑わっている南円堂へ。すぐ隣に納経所があり、御朱印をいただくための長い列ができています。
南円堂は、西国三十三所巡礼の第九番札所として、今も多くの参拝者が訪れるお堂です。建立されたのは弘仁4年(813年)。藤原冬嗣が、父・藤原内麻呂の追善供養のために建てたと伝えられています。
基壇を築く際に地神を鎮める目的で、和同開珎や隆平永宝といった古代の銭が撒かれていたそうです。また、この鎮壇には弘法大師・空海が深く関わったという伝承も残っています。
当時の興福寺は藤原氏の氏寺でしたが、南円堂は北家の内麻呂・冬嗣親子とゆかりが深いようです。現在の南円堂は、創建以来4度目の建物で、寛政元年(1789年)に再建されたものです。
無事、御朱印をいただき、いよいよ迦楼羅像や阿修羅像の待つ国宝館へ向かいます…
奈良旅、最後の目的地の興福寺。広い伽藍の中でも、特に賑わっている南円堂へ。すぐ隣に納経所があり、御朱印をいただくための長い列ができています。
南円堂は、西国三十三所巡礼の第九番札所として、今も多くの参拝者が訪れるお堂です。建立されたのは弘仁4年(813年)。藤原冬嗣が、父・藤原内麻呂の追善供養のために建てたと伝えられています。
基壇を築く際に地神を鎮める目的で、和同開珎や隆平永宝といった古代の銭が撒かれていたそうです。また、この鎮壇には弘法大師・空海が深く関わったという伝承も残っています。
当時の興福寺は藤原氏の氏寺でしたが、南円堂は北家の内麻呂・冬嗣親子とゆかりが深いようです。現在の南円堂は、創建以来4度目の建物で、寛政元年(1789年)に再建されたものです。
無事、御朱印をいただき、いよいよ迦楼羅像や阿修羅像の待つ国宝館へ向かいます…
すてき
投稿者のプロフィール

Leaf146投稿
日本の歴史と文化と自然が融合している神社仏閣。以前は漫然と訪れるだけでしてが、2年前から御朱印を集めるようになり、もう少し体系的に理解を深められるように心がけています。もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。







