だいあんじ|高野山真言宗
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楽しみ方大安寺のお参りの記録一覧
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大安寺は、聖徳太子が仏教道場として創建した熊凝精舎に遡るとされています。
百済大寺、高市大寺、大官大寺と改称、国家鎮護の官寺として位置づけられています。
716年、平城京に移り新しい伽藍を建設、名を大安寺と改めています。
三論宗の道場となり学問寺として隆盛、当時887人の学僧がいたという記録があるそうです。
都が平安京に遷ると大安寺も新しい時代へ踏み出します。
829年、弘法大師空海が別当として着任、高野山真言宗に属します。
安穏とした日々は長く続かずたび重なる火災にみまわれます。
1017年の火災では一部の仏像を残し焼失、その後も災禍のたびに主要堂宇を再興したが、寺㔟の衰えは覆い隠せなかった。
東大寺や興福寺の末寺、南北朝時代には西大寺の末寺となる。
1596年の地震で伽藍が倒壊すると、南都七大寺に数えられた大安寺は廃寺同然となり、小堂一つを残すのみとなってしまします。
大安寺再興が緒に就いた昭和に入ってからで、旧境内は国の史跡に指定され寺では復興事業が進められつつあります。

南門
旧興福寺一乗院寺門を復元したもの、元来は法華寺の寺門であったものを一乗院に移建。
明治維新後裁判所の門であったが、解体して大安寺が貰いうける。
平成12年、復原南大門基壇上に旧一乗院寺門を復元し大安寺南門としています。

南大門礎石跡
現在の寺門に比べて本来の南大門の大きさが想像できます。
おそらく東大寺南大門と同様の大きさであったと想われます。


奈良の特別拝観の3寺目は、同じく奈良市内に在る大安寺です。
高野山真言宗真で、本尊は十一面観音です。
伝えによると、創建は飛鳥時代、天皇が造った官寺であり、南都七大寺の1つの超古刹です。しかしながら、薬師寺同様に火災や兵火により衰退してしまい、復興も薬師寺の様にはいきませんでした。私的には割と空いていて、境内でゆっくり出来るのでお好みです。
春と秋に秘仏拝観があり、春には嘶堂(いななきどう)に祀られている重文・馬頭観音が、秋には本堂に祀られている重文・十一面観音が拝観できます。昨年の秋に十一面観音を拝観しましたので、今回は馬頭観音を参拝しました。
この寺院には上記2躯を含めて奈良時代末期作の仏像が9躯あり、残りの7躯は宝物殿に安置されており(不空羂索観音、楊柳観音、聖観音、四天王)拝観料を支払えばいつでも拝観出来ます。
残念ながら、腕は殆どが後補であり、四天王も各堂からの寄せ集めと考えられていますが(仏像を火災等から守るため邪魔となる腕を外してお堂から運び出したものの腕を紛失)、1200年以上も昔に造られた仏像を何も遮るものもなく目の前で観られるのは凄い事であり、とても見応えのある仏像群です。
今回は折角なので馬頭観音の御朱印を戴きました。
尚、寺院の東側と西側に駐車場があります。




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