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信濃三十三観音霊場第29番札所

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オモナ
2023年11月26日(日)
604投稿

釋尊寺の御朱印

釈尊寺_布引観音_大悲殿

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花散里
2021年05月12日(水)
674投稿

GWはおうち参拝でガマンしなければと思いつつ、ホトカミの投稿で識った釈尊寺さんにお参りしたい気持ちが抑えられず、弾丸ツアーを決行しました。
感染防止対策としてどこにも寄らず、相棒シャトルくんを走らせること3時間半。
千曲川沿いの駐車場に停め、杖に頼りつつキッツい山道をあえぎあえぎ登ること30分(牛みたいにのろいので💦)
ヨタヨタになってたどり着いて観音堂を目にした瞬間「か、かんのんさま〜〜〜っ‼︎」と叫びたかったけど、声にならなかった😅

釋尊寺の歴史

御由緒です。

釋尊寺の建物その他

いざ!参らむ。
置いてある杖を借りました。

釋尊寺の建物その他

布引山観世音

釋尊寺の自然

最初の方は石の階段が続きます。

釋尊寺の自然

参道というより、登山道だよ💨

釋尊寺の自然

でも滝があったり

釋尊寺の建物その他

石塔があったり

釋尊寺の建物その他

馬頭観音様がおられたり

釋尊寺の自然

噂の牛岩があったり(ヨクワカンナカッタケド)飽きません。

釋尊寺の建物その他

あ、お地蔵様!

釋尊寺の仏像

もっと足を鍛えなされよ。喝!

釋尊寺の自然

小花に癒されます。

釋尊寺の自然

また滝。
水の豊かなお山です。

釋尊寺の自然

けっこうたくさんの人が登ってきます。
小さい子やお年寄りもいました。
みんな健脚なの〜😓

釋尊寺の山門

山門!
もう少しだーー

釋尊寺の山門

でも、ここからは入れません。

釋尊寺の鳥居

入口はこちら。
鳥居みたいだなぁ。

釋尊寺の建物その他

先に御朱印帳をお預けします。

釋尊寺の建物その他

こちらの寺務所へ。
とても親切にご対応いただきました。

釋尊寺の本殿

御本堂。

釋尊寺の建物その他
釋尊寺の歴史

「牛にひかれて善光寺参り」

釋尊寺の仏像

観音様の背後に…

釋尊寺の本殿

布引観音堂が!!

釋尊寺の建物その他

境内を観音堂へと進みます。

釋尊寺の建物その他

岩をくり抜いた所に仏様が。

釋尊寺の建物その他

参道の途中に小さな祠と石塔。

釋尊寺の本殿

岩にめり込むような古い御堂。

釋尊寺の建物その他

冥界への入口のようなトンネル。
ワタクシは小さいので屈まないでくぐれます。

釋尊寺の建物その他

トンネル抜けると六地蔵さんと

釋尊寺の像

閻魔大王。
左のスゲー顔の婆さんは奪衣婆だね。
鎌倉でもこんなの見た。

釋尊寺の狛犬

あら、狛犬さん?

釋尊寺の狛犬

その先に

釋尊寺の建物その他

愛染堂。
こちらも岩の中。

釋尊寺の本殿

観音堂到着!

釋尊寺の建物その他

中は暗くて見えません。

釋尊寺の建物その他

扁額も趣きのあること!

釋尊寺の像

お賓頭盧様。
狛犬さんや閻魔さんなど、なんかこちらの方々の御面相は個性的というか💦

釋尊寺の景色

最後にもう一度御堂を振り返りました。
向こうに見えるのは浅間山かな?

釋尊寺の御朱印

御朱印です。

釋尊寺の絵馬

絵馬がすてきなのでいただいてきました。
予想以上に素晴らしいお寺さんでした。
またお参りしたい!
あの登山道をのぼってね😊

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投稿をもっと見る(19件)

釋尊寺の基本情報

住所長野県小諸市大久保前2250
行き方

小諸駅より車で10分

アクセスを詳しく見る
名称釋尊寺
通称布引山釈尊寺,布引観音
参拝料

なし

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0267-23-0520
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
絵馬あり

詳細情報

宗旨・宗派天台宗
開山・開基行気
札所など

信濃三十三観音霊場第29番札所

文化財

観音堂(重要文化財)

体験重要文化財札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
釈尊寺(しゃくそんじ)は、長野県小諸市にある天台宗の寺院。山号は布引山。布引観音とも呼ばれる。信濃三十三観音霊場の第29番札所。「牛に引かれて善光寺参り」伝説発祥の地。本尊は聖観世音菩薩。縁日は新暦5月8日。
歴史
沿革[編集] 寺伝によれば、奈良時代の神亀元年(724年)に行基が開き、聖徳太子が作ったとされる聖観音を祀ったと伝えられている。 戦国時代の天文17年(1548年)武田信玄が東信地方に進攻し楽巌寺入道雅方・布下仁兵衛雅朝を攻略した際に焼亡した。この後、武田信玄は釈尊寺を包み込む形で築かれた布引城郭群[注 1]を改修している[2]。この時の城の改修とは、焼亡した寺院の残骸を処理したあとに、崖端部の位置に小規模な土塁と空堀を築き、それ以外の危険な箇所には木柵をめぐらせる簡単なものだったと推測される[3]。永禄元年(1558年)に望月城主・望月左衛門佐信雅によって再建された。しかし、江戸時代中...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通アクセス[編集] 布引観音駐車場まで 小海線、しなの鉄道線小諸駅から車で10分 しなの鉄道線滋野駅から車で10分 上信越自動車道小諸ICから車で15分、東部湯の丸ICから車で20分 布引観音駐車場から長野県道40号諏訪白樺湖小諸線を小諸市街地方面におよそ300m進んだ箇所では、しばしば土砂崩れが発生し通行不能となるので、最新の道路状況に留意する必要がある。 布引観音駐車場から本堂まで 布引渓谷沿いのやや足場の悪い参道を15分から20分 林道布引線を利用するルートも存在するが、林道はかなり狭隘で、勾配がきつい箇所が存在するため、檀家や地元住民以外の利用は少ない。
引用元情報釈尊寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%87%88%E5%B0%8A%E5%AF%BA&oldid=98305305

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