真言宗智山派
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楽しみ方智識寺のお参りの記録一覧

長野県千曲市の寺院巡りの最後となる4寺目は、千曲市上山田に在る清源山 智識寺です。
真言宗智山派で、本尊は十一面観音。
この十一面観音立像は重文です。他に所蔵の地蔵菩薩立像、聖観音立像、金剛力士立像、釈迦如来坐像は市指定文化財です。
拝観に際しては事前予約が必要です。(拝観料は200円)
余談ですが今回参拝した3ヶ寺の真言宗寺院は全て智山派だったなあ。
740年に聖武天皇の勅願所として建立。807年に坂上田村麻呂が修理。1209年には源頼朝が祈願所と定めて七堂伽藍を建て仁王門と仁王像を寄進し清源山智識寺と称したと伝わります。元は冠着山の麓にあり、1609年に現在地に移転。現在の大御堂は1573年の建立。屋根は茅葺きで2018年に40年振りの全面葺き替えを実施、費用はウン千万円。檀家無しのため地域の方々の浄財により賄ったとの事で頭が下がります。また、大御堂には十一面観音立像の他に、所狭しと聖観音立像、地蔵菩薩立像、四天王像が安置されていましたが、十一面観音立像以外は本堂に移されました。(当日まで知らなかった。)
仁王門の左側に駐車場がありましたので停めさせて頂きました。早く着いたので境内を散策。仁王門は茅葺き、室町時代の作の阿形・吽形の金剛力士が護っています。仁王門をくぐると正面にとても立派な大御堂が見えます。参道の左側に地蔵堂、釈迦堂。釈迦堂の覗き窓から堂内を見ると思いの外、大きな釈迦如来坐像。高さ約158cmで、桧材、寄木造、彫眼。室町時代後期の作と推定されています。先ず先ず丹念に作られています。
一旦駐車場に戻って少し待っていたらご住職がいらっしゃっいました。上田市での法事を終えて来て頂けた様です。(3ヶ寺を兼務されているそうでご苦労様です。)
早速、大御堂をご案内頂きました。凄いボリュームの茅葺き屋根です。内陣に入らせて頂くと中央に厨子に十一面観音立像、高さ約306cm、
欅材の一本造の立木観音像で素地。写真ではわかり辛いのですが大きさに圧倒されつつも、それでいてお顔は優しく素朴な感じでノミ跡が残る余り見掛けない造形の仏像です。
それから真新しい本堂をご案内頂きました。
須弥壇の中央に本堂本尊の大日如来坐像。手前の両脇に聖観音立像と地蔵菩薩立像。
聖観音立像は、平安時代の12世紀の作と推定されるもので、等身大の大きさの高さ約168cm、桧材、寄木造、素地。
地蔵菩薩立像は、江戸時代の享保年間(1716~35年)の作。等身大の大きさの高さ約159cm、桧材、寄木造、王眼、素地。
手前の部屋の四隅に四天王寺が安置されていました。
最後に御朱印をお願いし、拝観料と合わせてお納めしました。
アジサイ寺として有名らしく、初夏には多くの参拝客がいらっしゃる様です。
以上で今回の寺院巡りは予定終了。また約280km運転せねばなりませんので少々気が重い。峠を越えて姥捨スマートICから長野道に乗り、約4時間掛かって帰宅しました。日帰りの580km運転は流石に疲れました。(恵那山トンネル工事渋滞で余計に疲れました。)

御朱印

仁王門(市指定文化財)

阿形(市指定文化財)

吽形(市指定文化財)

仁王門の屋根内部

地藏堂

釈迦堂

釈迦如来坐像(市指定文化財)


大御堂(重文)



外陣

内陣

十一面観音立像(重文)





脇に置かれた不動明王像

本堂内陣

地蔵菩薩立像(市指定文化財)


聖観音立像(市指定文化財)


本堂本尊・大日如来坐像

左側の壇

右側の壇

不動明王坐像

持国天

増長天

広目天

多聞天

長野県千曲市にある智識寺は、地元では紫陽花寺として親しまれていて、大御堂と十一面観音立像の2つの国の重要文化財を抱える由緒あるお寺です。
天平12(740)年に聖武天皇によって大御堂が冠着山の麓に建立され、源頼朝の帰依により現在の地に移ったとされています。
智識寺は檀家制度を持たないということもあり、地元のボランティアの方々が手入れをしてくださっていますが、寺は荒れ放題となってしまい、今後も維持していくことが難しくなってきています。
そこでまずは荒れ放題のお寺を整えようと、クラウドファンディングが立ち上がりました。
そのことを伝え聞き、私も微力ながら賛同いたしました。
そうしたところ、先日、リターンとしてクラウドファンディング限定の御朱印が送られてきました。
智識寺ではこれから補修工事などが行われ、今後に向けた対応も検討されていくことと思います。
地域ばかりではなく、国の財産であり、未来に残すべき文化財を守るため、これからもこのような機会があれば、及ばずながら賛同していきたいと思います。

【信濃國 古刹巡り】
智識寺(ちしきじ)は、長野県千曲市大字上山田にある真言宗智山派の寺院。山号は清源山。本尊は十一面観音。大御堂、木造十一面観音立像は国指定の重要文化財。
寺伝によると、奈良時代740年の創建で、807年に征夷大将軍・坂上田村麻呂が堂宇を改修した。鎌倉時代には源頼朝の信仰も篤く、1209年に七堂伽藍が建立され、仁王像が寄進された。室町時代には領主・村上氏の庇護を受け、廣意和尚により現在の本堂が再建されたが、村上氏が武田氏に敗れると一時衰退した。江戸時代には歴代松代藩主から庇護を受けた。
当寺は、、しなの鉄道・戸倉駅の南西7kmの緩やかな傾斜地にある。周りはりんご畑などの耕作地か雑木林。樹木が茂る境内はさほど広くはなく、大きな建物は大御堂のみで、他は小祠や石碑類のみ。国指定の重要文化財の大御堂は、藁葺屋根のきれいな造形の建物で、屋根部分に厚みがある分、角度によって見え方が変わり楽しめる。
今回は、大御堂が国指定の重要文化財であることから参拝することに。参拝時は休日の午後で、自分たち以外には参拝者はいなかった。
※当寺では、住職がいらっしゃる時は御朱印が拝受できるみたい。自分の参拝時は住職不在の貼り紙が。残念…(^_^;)

境内南端入口全景。藁葺屋根の趣のある<仁王門>。

仁王門に向かって左側の石柱は新しく見えるが、「國寶 大御堂 文部省」と書かれた横に明治四十年(1907年)と刻まれている。

仁王門に向かって右側の石碑。

仁王門に向かって左側の景色。

<仁王門>全景。

仁王門左側の<吽形仁王像>。

仁王門右側の<阿形仁王像>。

仁王門をくぐったところからの眺め。

参道の右側にある<寺務所>。参拝時は無人で御朱印を拝受できず...(^_^;)

参道左側の<地蔵像>。

参道左側の<釈迦堂>。

釈迦堂内部の<木造釈迦如来坐像>。穏やかな表情。

参道の進行方向を望む。

参道左側にある<手水盤>。

<大御堂>遠景。室町時代末の1541年の再建、桁行四間、梁間三間、寄棟造、茅葺、禅宗様式の仏堂。国指定の重要文化財。

大御堂前左側の<狛犬>。

大御堂前右側の<狛犬>。仔獅子の姿勢が変わっている。

<大御堂>全面。

<大御堂>正面。

<大御堂>内部。味のある<厨子>。

<大御堂>全景。少し角度を変えるだけで、茅葺屋根の形が大きく変わって見える。

拝殿に向かって右手にある石碑。

<大御堂>全景。茅葺の状態はきれい。

<大御堂>を横から見たところ。

拝殿に向かって左手のやや高いところにある<忠魂碑>。

最後に、<大御堂>全景。メンテナンスも大変そうだが、ぜひこのまま残して欲しい。(^▽^)/
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