なかだじんじゃ
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楽しみ方中田神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年03月23日(日) 21時25分07秒
鎮座地
宮城県仙台市太白区西中田1-20-12
主祭神
伊賀津智命
例祭日
4月29日
連絡先
022-241-0390
ホームページURL
http://www.nakadajinja.com/
由緒
高倉天皇の承安元年(1171)気候不順にして五穀が稔らず諸人たちが困窮するを陸奥守藤原秀衡大い憂い、山城の国なる賀茂大神の御分霊を名取川の河上清水峠に勧請して鎮め祀り雷神社と称し五穀豊穣を祈願、霊験あらたかに豊作が続くが、その後、文治4年(1188)の夏、大洪水によりて社は名取川を流れ下り、柳生の里に着き給いしを、里人これより産土神と崇め奉った。その後、明治5年5月村社に列せられ、同40年3月幣帛供進社の指定を受けたが、明治22年4月の町村制発布により地区4ヶ村、旧前田村、旧柳生村、旧四郎丸村、旧袋原村が合併し中田村となったのにともない、旧各村に各々村社として鎮座していた神社は維持困難となり合祀することとなり、明治42年3月宮城県に神社合祀の申請認可を得て、旧柳生村村社 雷神社に、旧前田村村社 神明社・旧四郎丸村村社 神明社・旧袋原村村社 八坂神社を、更に旧前田村の無格社 老女宮・熊野神社を合祀し、中田村神社と称号して鎮座したが、柳生は村の西端に位置し、東にある袋原・四郎丸の村民氏子の参拝に不便をきたす事から、再度宮城県に神社遷座を得て、明治43年5月8日現在地に遷座し当地区産土神として鎮座したものである。その後、地区の発展等にともない又当社の歴史的背景をも鑑み、平成9年3月に神社本庁並びに宮城県の認証を得て「中田神社」と社号を変更し今日に至っている
宮城県仙台市太白区西中田1-20-12
主祭神
伊賀津智命
例祭日
4月29日
連絡先
022-241-0390
ホームページURL
http://www.nakadajinja.com/
由緒
高倉天皇の承安元年(1171)気候不順にして五穀が稔らず諸人たちが困窮するを陸奥守藤原秀衡大い憂い、山城の国なる賀茂大神の御分霊を名取川の河上清水峠に勧請して鎮め祀り雷神社と称し五穀豊穣を祈願、霊験あらたかに豊作が続くが、その後、文治4年(1188)の夏、大洪水によりて社は名取川を流れ下り、柳生の里に着き給いしを、里人これより産土神と崇め奉った。その後、明治5年5月村社に列せられ、同40年3月幣帛供進社の指定を受けたが、明治22年4月の町村制発布により地区4ヶ村、旧前田村、旧柳生村、旧四郎丸村、旧袋原村が合併し中田村となったのにともない、旧各村に各々村社として鎮座していた神社は維持困難となり合祀することとなり、明治42年3月宮城県に神社合祀の申請認可を得て、旧柳生村村社 雷神社に、旧前田村村社 神明社・旧四郎丸村村社 神明社・旧袋原村村社 八坂神社を、更に旧前田村の無格社 老女宮・熊野神社を合祀し、中田村神社と称号して鎮座したが、柳生は村の西端に位置し、東にある袋原・四郎丸の村民氏子の参拝に不便をきたす事から、再度宮城県に神社遷座を得て、明治43年5月8日現在地に遷座し当地区産土神として鎮座したものである。その後、地区の発展等にともない又当社の歴史的背景をも鑑み、平成9年3月に神社本庁並びに宮城県の認証を得て「中田神社」と社号を変更し今日に至っている

中田神社 書き置き御朱印頂戴致しました

中田神社 書き置き、正月御朱印頂戴致しました

中田神社 書き置き、御朱印頂戴致しました

中田神社 書き置き、御朱印頂戴致しました

中田神社 南仙台鎮座の表紙です

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