すがわらじんじゃ
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楽しみ方菅原神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年03月22日(土) 21時14分17秒
参拝:2025年3月吉日
三重県伊賀市にある神社です。
以前伊賀に訪れた際 伊賀上野を鬼の行列が巡回していたことを思い出し 確かここら辺だと歩いていましたら 大きな神社がありましたのでお参りしました。
街中の神社ですが とても立派な楼門があります。
楼門をくぐったら なぜか大きな鐘楼がありました。
どちらも県指定有形文化財に指定されています。
この楼門は元禄14年(1701)から宝永元年(1704)にかけて三代藩主藤堂高久が用木を寄進し建築事業が行われました。
この鐘楼は寛永4年(1627)2月25日建立 明治後期まで朝夕に打たれてきた 市街地最古の建物で大切な文化遺産です。
この日は あいにくの雨でしたが お宮参りの参拝者もいらっしゃいました。
鬼の行列は・・・というと
毎年10月23日~25日に行われる上野天神祭は 神輿の渡御に供奉する百数十体の鬼行列や 雅調豊かな祭ばやしを奏でながらこれに続く9基のだんじりに 400年の伝統を伝え 国の重要無形民俗文化財に指定されています。
これですね うちの子がぎゃん泣きしたのは。
当社のHPよりネット情報です。
当神社は贈太政大臣正一位菅原朝臣道真公[承和12年(845)6月25日生~延喜3年(903)2月25日歿]を主祭神とし 古く上野村に祀られていた九社神社を相殿としてお祀りしています。
古くは天満宮と申し上げ又 天神宮とも称し 通称お天神さんと親しまれている旧上野町43ヶ町6千戸の惣社であります。
文学の神様として信仰が篤く 合格祈願を始め文芸の上達を祈る参詣者が後をたたず年間に亘り社頭を賑わせています。
又 伝説による牛馬との関係から牛馬の守護神としての特殊信仰があって農事や畜産関係者の崇敬も深く5社詣りの中心的な社柄でもあります。
古くは上野山平楽寺の伽藍神でありましたが 天正9年(1581)織田信長の兵乱後に今の地にお遷しいたし奉斎せられたと云われています。
初代藩主藤堂高虎公が関ヶ原の戦(1600)の後、伊予今治から伊勢安濃津に移封せられ 大阪方に対する要塞の地として伊賀に出城を構えられ 城下町の区画を整備せられて今日の上野の町の基が築かれたものであります。
当神社は藤堂藩の祈願所と定められ18石余の祭祀料が寄進され 境内の拡張社殿の修復鐘楼の建立など手厚い庇護のもとでいよいよ栄え 明治維新に至って郷社に列せられ 次で県社に昇格し神饌幣帛料の供進社に指定されました。
以前伊賀に訪れた際 伊賀上野を鬼の行列が巡回していたことを思い出し 確かここら辺だと歩いていましたら 大きな神社がありましたのでお参りしました。
街中の神社ですが とても立派な楼門があります。
楼門をくぐったら なぜか大きな鐘楼がありました。
どちらも県指定有形文化財に指定されています。
この楼門は元禄14年(1701)から宝永元年(1704)にかけて三代藩主藤堂高久が用木を寄進し建築事業が行われました。
この鐘楼は寛永4年(1627)2月25日建立 明治後期まで朝夕に打たれてきた 市街地最古の建物で大切な文化遺産です。
この日は あいにくの雨でしたが お宮参りの参拝者もいらっしゃいました。
鬼の行列は・・・というと
毎年10月23日~25日に行われる上野天神祭は 神輿の渡御に供奉する百数十体の鬼行列や 雅調豊かな祭ばやしを奏でながらこれに続く9基のだんじりに 400年の伝統を伝え 国の重要無形民俗文化財に指定されています。
これですね うちの子がぎゃん泣きしたのは。
当社のHPよりネット情報です。
当神社は贈太政大臣正一位菅原朝臣道真公[承和12年(845)6月25日生~延喜3年(903)2月25日歿]を主祭神とし 古く上野村に祀られていた九社神社を相殿としてお祀りしています。
古くは天満宮と申し上げ又 天神宮とも称し 通称お天神さんと親しまれている旧上野町43ヶ町6千戸の惣社であります。
文学の神様として信仰が篤く 合格祈願を始め文芸の上達を祈る参詣者が後をたたず年間に亘り社頭を賑わせています。
又 伝説による牛馬との関係から牛馬の守護神としての特殊信仰があって農事や畜産関係者の崇敬も深く5社詣りの中心的な社柄でもあります。
古くは上野山平楽寺の伽藍神でありましたが 天正9年(1581)織田信長の兵乱後に今の地にお遷しいたし奉斎せられたと云われています。
初代藩主藤堂高虎公が関ヶ原の戦(1600)の後、伊予今治から伊勢安濃津に移封せられ 大阪方に対する要塞の地として伊賀に出城を構えられ 城下町の区画を整備せられて今日の上野の町の基が築かれたものであります。
当神社は藤堂藩の祈願所と定められ18石余の祭祀料が寄進され 境内の拡張社殿の修復鐘楼の建立など手厚い庇護のもとでいよいよ栄え 明治維新に至って郷社に列せられ 次で県社に昇格し神饌幣帛料の供進社に指定されました。
すてき
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