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たどたいしゃ

多度大社の御朱印・御朱印帳
三重県 多度駅

御朱印について
限定
あり

月替わり

御朱印帳にお書き入れ
あり

◼️お書き入れ
・多度大社の御朱印

◼️書き置きのみ
・一目連神社
・美御神社
・稲荷神社(委託)
・伊勢西国33番札所(十一面観世音と千手観音)

素材・技法

切り絵刺繍

動物
あり

うま

御朱印の頒布場所

社務所

御朱印帳
あり

普通サイズ(11×16)、大サイズ(12×18)、寺社オリジナル

参拝時間

受付/8:30~17:00

電話番号

0120-37-5381

その他の巡礼の情報

伊勢西国三十三観音霊場第33番札所(隣接場所)

御朱印・御朱印帳の詳細情報

御朱印 (4種類)

多度大社でいただける御朱印は4種類です。

  • 多度大社の御朱印
  • 一目連神社の御朱印
  • 美御前神社の御朱印
  • 午の日限定御朱印

多度大社の御朱印

多度大社の御朱印

500円(直書き)
書き置きは300円
真ん中に「多度大社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に左馬の印が押されています。
※左馬は意味は
・「馬」の文字が反転していることで「うま→まう(舞う)→めでたい席」を連想し、転じて「福を招く(開運)」
・下の部分が口が閉まった財布に見えることで「お金が逃げない」
・馬は人が引くものが、反対にすると馬が人を引く(連れてくる)から転じて「千客万来」「商売繁盛」
・馬は右側から乗るとつまづくので、左側から乗る→転じて「人生につまづくことなく過ごせる」
等の願いが込められています

一目連神社の御朱印

一目連神社の御朱印

300円
書き置きのみ
真ん中に「一目連神社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に小さく「多度大社」印が押されています。
※一目連神社は多度大社別宮

美御前社の御朱印

300円
書き置きのみ
真ん中に「美御前社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に小さく多度神社の印が押されています。

午の日限定御朱印(跳ね起き馬の御朱印帳)

午の日限定御朱印

2500円(御朱印帳含む)
午の日・1月1日~3日、5月3日~5日
二面を使った御朱印です。
右側に神社印が押され、その上に「多度大社」と墨書きされています。
左側の上部に一目連神社と多度神社の写真、真ん中に白馬と人絵が開けると立ち上がる仕掛けがついています。
上部の写真の下に「別宮 一目連神社」「御祭神 天目一箇命」、「本宮 多度神社」「御祭神 天津彦根命」と写真の紹介が書いています。
真ん中の白馬の絵の下に「幸せ運ぶ神の馬 白馬伝説」と書かれています。
左側に御神紋、左下に左馬の印が押されています。
※御朱印単独の授与はありません

御朱印帳

多度大社でいただける御朱印帳は2種類です。

  • 白馬の御朱印帳(大・小)
  • 桜花の御朱印帳(4色)

白馬の御朱印帳

1500円
大(薄紫)小(濃紫)
絵馬にも使われている谷文晁(江戸後期の画家)が描いた白馬を使用した御朱印帳です。
表面に「御朱印帳」の文字が金色で刺繍され、白馬と馬番が刺繍で描かれています。
裏面には御神紋と「白馬伝説 多度大社」と金色で刺繍されています。

桜花の御朱印帳

1500円
表面の真ん中に「御朱印帳」の文字が入り、周囲に桜の木や桜の花が描かれています。
裏面全体は青海波柄に桜が舞い散る様子が描かれ、右下に「多度大社」と神社印風の刺繍が入っています。
現在青・黄・黄緑・ピンクの4色をいただけます。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳はともに参集院でいただけます。
受付時間は8時半~17時
詳しくは公式サイトをご確認ください。

最新の御朱印・御朱印帳の投稿

Trackhawk
Trackhawk
2026年04月02日(木)117投稿

伊勢国(三重県)北部、古来、神が坐します神体山と仰ぐ多度山(標高403メートル)の麓に御鎮座する当大社は、御創祀は定かではないが、山中に遺された数多の磐座・御神石から推して、神代の古に遡ることが出来る。 社伝によれば、雄略天皇の御宇に社殿が造営され、天平宝字7年、満願禅師によって神宮寺が創建、その後『多度神宮寺伽藍縁起並資財帳』が牒上されるに至り、伊勢国の准国分寺と目される程の壮麗な伽藍が造営された。 皇室の御敬神の思召しは並々ならず、国史には延暦元年10月に従五位下に叙せられたとの記述(『続日本紀』)に初見され、以降正二位にまで累進し、『延喜式神名帳』では、霊験著しい神に、朝廷が臨時に祈願を捧げる名神祭を受ける「名神大社」に列し、以降累々幣帛が奉られた。 更に、後一条天皇、鳥羽天皇、六条天皇の御即位に際し、御一代一度の大神宝使の御差遣を忝うし、全国有数の神社と仰がれた。 また、後白河法皇が編纂した当時の流行歌謡(今様)を編纂した『梁塵秘抄』にも、関(滋賀県 逢坂の関)以東の軍神の一社として唄われる等、非常に隆盛を極めた。 中世に入ってもその信仰は衰えることなく、弘長元年神階は正一位を極め、平家を始めとする武家の篤い信仰を受けていた。 然しながら元亀2年、織田信長の長島一向一揆平定の際、兵火に罹り、美濃国(現在の岐阜県)赤坂山に御動座になり、御社殿を始め神宮寺など全ての御建物と、歴朝より賜った神位記・御神宝・諸記録の全てが灰燼となり、広大な神領地も烏有に帰した。 近世、江戸時代に入ると、桑名藩主本多忠勝公より莫大な寄進を受け、慶長10年に御社殿が再興され、以降別宮以下摂末社、年中の恒例祭儀も漸次復興され ”お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り” と謡われる程の復興を遂げた。 以降歴代桑名藩主の産土神として格別の御崇敬が寄せられ幕末に至った。 近代に入り、明治6年、県社に列格され、大正4年、大正天皇御即位に際し、一躍國幣大社に昇格し、以降御例祭を始め恒例、臨時の幣帛が奉られ、祭祀が執り行われた。 大東亜戦争後、明治以来の社格制度は廃止されたが、現在でも地元を始め全国から厚い崇敬を受け、境内には、本宮、別宮、摂社末社等12社を数え、年中70数度の恒例祭儀を斎行申し上げ、皇室の御安泰を始め、遍く氏子崇敬者の日々の平安を祈願申し上げている。

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