おいたじんじゃ
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楽しみ方意非多神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年01月24日(金) 16時50分34秒
参拝:2025年1月吉日
松阪市西黒部町に鎮座する延喜式神名帳に記載されている神社です。
通称立付(たてつき)大明神とよばれているようです。
現在の社地よりおよそ五六町(約6100m)南西の「大板」の地に創祀されていたようで、
社名は大板から意非多(おいた)となったとされています。
通称立付(たてつき)大明神とよばれているようです。
現在の社地よりおよそ五六町(約6100m)南西の「大板」の地に創祀されていたようで、
社名は大板から意非多(おいた)となったとされています。

表参道

恒例祭典の案内看板

由緒碑

手水舎

拝殿と狛犬

拝殿内

本殿

御神木由来
和銅年間(今から約1300年前)大板の地に楯築大明神が祀られました。大水害で寛治年間(今から約900年前)此の地に移りました。何時の時か松の種が落ち芽が出、新しい生命が誕生しました。何百年か経ち松の小木は大木に育ちました。信長の侵攻、江戸時代、新田開発、明治維新、日清・日露戦争、支那事変、太平洋戦争、東海地震、十三号台風、伊勢湾台風等西黒部の移り変りを見つめて来た御神木でありました。永い歳月を経た大木は生命尽き自然に帰りました。平成7年遷宮を記念して地中に残る御神木の生命を後世に伝えます。
和銅年間(今から約1300年前)大板の地に楯築大明神が祀られました。大水害で寛治年間(今から約900年前)此の地に移りました。何時の時か松の種が落ち芽が出、新しい生命が誕生しました。何百年か経ち松の小木は大木に育ちました。信長の侵攻、江戸時代、新田開発、明治維新、日清・日露戦争、支那事変、太平洋戦争、東海地震、十三号台風、伊勢湾台風等西黒部の移り変りを見つめて来た御神木でありました。永い歳月を経た大木は生命尽き自然に帰りました。平成7年遷宮を記念して地中に残る御神木の生命を後世に伝えます。

御神木

社務所前に置かれている鬼瓦
左側の瓦の脇に、天保八丁酉十二月吉日 松坂瓦工 冨嶋九郎兵衛
右側の瓦は正面の右側に、勢州 辰吉作 斎宮 と書かれているようです
左側の瓦の脇に、天保八丁酉十二月吉日 松坂瓦工 冨嶋九郎兵衛
右側の瓦は正面の右側に、勢州 辰吉作 斎宮 と書かれているようです

意非多神社裏参道と書かれた石碑

裏参道の向かって右側すぐの道を左折すると、左側に駐車場スペースが有ります
すてき
投稿者のプロフィール

a.tanaka496投稿
熊野古道伊勢路旅を始めたのがきっかけで、これまで以上に神社やお寺に惹かれるようになりました。今は 三重県中心に巡っていますが、これからは県外にも活動範囲を広げていきたいと思っています。もっと読む
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