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くしだじんじゃ

櫛田神社の御由緒・歴史
三重県 櫛田駅

ご祭神大若子命、市杵島姫命、櫛玉命
創建時代垂仁天皇二十二年(再建は昭和八年)
創始者倭姫命
ご由緒

人皇第11代垂仁天皇の御代22年(紀元前8年)皇女倭姫命が 天照大神 を奉戴され、ご鎮座の地を探し求めて行幸された時、津あたりから伊勢志摩方面までを当地に在りし大若子命が道案内をされ、伊勢にご鎮座されるまで倭姫命の手となり足となって働かれました。同25年(紀元前5年)倭姫命は飯野高宮に居られましたが、ある時、田の中に櫛を落され、大若子命が拾ってさし上げました。倭姫命はその地を櫛田と名付けられ、櫛田の社を定められました。その後も大若子命は武人として数々の功績を残され、倭姫命は大若子命を櫛田神社のご祭神としてお祀りするようご命じになりました。大若子命は後に大幡主命と改名されております。 当社は皇大神宮所管で、宮七院・社十二の内巻頭第三位の格式を持ち、当時は櫛田大社と呼ばれておりました。時代が移り明治41年12月、時の政府の一村一社制の司令により、飯野高宮神山神社に統合されましたが、敬神の念厚き氏子の運動により、昭和8年2月3日現在の地に再建されました。

歴史
歴史[編集] 社伝では垂仁天皇22年(紀元前8年)に倭姫命が天照大神を祀る場所を探す旅の途中でこの地を案内した大若子命を祀るために創建されたとされる。江戸時代の明暦頃に社殿も失われ中絶となったが、享保年間に再興された。 1907年(明治40年)2月27日、合祀とともに字室垣内に移転、大櫛田神社と改称し、翌1908年(明治41年)2月11日に山添町の神山神社に合祀。その後氏子が分祀を希望し、1933年(昭和8年)2月1日に現社地に分祠された。 2006年(平成18年)9月4日(櫛の日)に三重県美容業生活衛生同業組合らによって「櫛の碑」が建立された。当時の厚生労働大臣川崎二郎の筆によるもの。...Wikipediaで続きを読む
引用元情報櫛田神社 (松阪市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%AB%9B%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E6%9D%BE%E9%98%AA%E5%B8%82%29&oldid=93258718

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