所用で近くに行ったので寄らせていただきました。
社伝によると、寛正2年(1461)村で疫病が流行し、疫病鎮めの神として有名な一志郡多気村の牛頭天王を当地に勧請し高福大明神と称したのが始めと言われています。
後に牛頭天王社と改称し、明治初年に再度高福大明神に戻しました。
明治41年4月5日より、伊勢寺町の堀坂神社、物部神社ほか27社を合祀し、昭和5年4月20日、鎮座地名をとって伊勢寺神社と改称しました。
当社に合祀された神社には式内論社が3社含まれています。
大神神社は式内社・大神社、物部神社は式内社・物部神社の論社、堀坂神社も式内社・堀坂神社に比定される神社です。