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りょうたんじ|臨済宗妙心寺派金剛山

龍潭寺
京都府 並河駅

龍潭寺について

龍潭寺は龍安寺(京都市)、龍興寺(南丹市)とともに臨済宗妙心寺派の京都三龍寺の一つに数えられる。

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2023年10月10日(火)3171投稿

京都府亀岡市にあるお寺です。
山号は金剛山
宗旨宗派は臨済宗妙心寺派
ご本尊は聖観世音菩薩
です。

「金剛山 龍潭寺」(りょうたんじ)は 世界遺産の「龍安寺」と八木町の「龍興寺」とともに臨済宗妙心寺派の“三龍寺”と呼ばれているとされる寺院で 妙心寺四派の祖・雪江宗深和尚により創建された「大梅寺」をルーツとする寺院です。
龍潭寺というと浜松の「龍潭寺庭園」が有名ですが 亀岡の龍潭寺の庭園も京都府指定名勝のうちの一つです。
経堂の天井には雲龍図があります。
ご住職に伺ったところ 末寺のご住職が描かれたとのことです。
天井の雲龍図は 京都でもいくつかのお寺で拝見することができます。
建仁寺や天龍寺などが有名ですが こちらの雲龍図もなかなか見事です。

由緒については
京都龍安寺の僧雪江は当地に大梅寺を創建したが、延徳元年(1489)火災で焼失した。
弟子徳芳が数年後ここに来住し細川氏の家老松井宗信も当時に隠棲するに及んで細川政之の後援を受け明応6年(1497)堂宇を再建して金剛山龍潭寺と改称、特芳を開山と定めた。
引き続き、名僧巨匠が住山し皇室や徳川家の帰依厚く、寺運大いに栄え、天正5年(1577)光秀の兵火に焼かれた跡も漸次復興、享保14年(1729)には現三宝殿を庫裡及方丈は文化、嘉永年間に夫々再建された。
特芳の弟子大休筆松井宗親の寿像と賛辞は当時重宝中でも最も貴重な資料といわれている。
境内の庚申堂には細川政之の念持仏であった青面金剛童子像が安置されている。
とあります。

龍潭寺(京都府)

寺号標

龍潭寺(京都府)

由緒書

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龍潭寺の情報

住所京都府亀岡市稗田野町太田東谷40 龍潭寺
行き方

龍潭寺の基本情報

名称龍潭寺
読み方りょうたんじ
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0771-24-0360

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊聖観音菩薩
山号金剛山
宗旨・宗派臨済宗妙心寺派
創建時代大梅寺:不詳 龍潭寺:明応6年(1497)
開山・開基雪江宗深 開山:特芳禅傑 開基:松井宗信
ご由緒

 臨済宗妙心寺派、京都龍安寺の僧雪江は当地に大梅寺を創建したが、延徳元年(1489)火災で焼失した。弟子特芳が数年後ここに来住し細川氏の家老松井宗信も当時に隠棲するに及んで細川政之の後援を受け明応6年(1497)堂宇を再建して金剛山龍潭寺と改称、特芳を開山と定めた。
 引き続き名僧巨匠が住山し皇室や徳川家の帰依厚く、寺運大いに栄え、天正5年(1577)光秀の兵火に焼かれた後も漸次復興、享保14年(1729)には現三宝殿を、庫裏及び方丈は文化、嘉永年間に夫々再建された。
 特芳の弟子・大休筆松井宗親の寿像と賛辞は当寺重宝中でも最も貴重な史料といわれている。
 境内の庚申堂には細川政之の念持仏であった青面金剛童子像が安置されている。

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