てんりゅうじ
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楽しみ方天龍寺のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年03月15日(日) 17時53分33秒
参拝:2026年2月吉日
天龍寺は京都市右京区にあるお寺です。
世界遺産に登録されていますので ご存じの方も多いと思いますが とにかくお庭が素敵なお寺です。
境内塔頭も多いのですが それは別投稿で。
天龍寺で拝観できるのは 方丈と庭園と法堂の3カ所です。
それぞれ別料金(共通もあり)です。
まずは方丈から拝観しました。
庫裡が拝観受付になっていて 大方丈・小方丈・多宝殿を見ることができます。
大方丈は廊下のみで 中には入れません。
襖絵の雲龍図が見事ですが ガラスが反射して見にくいです。
写経をされる部屋もあり そちらにも何人か入っておられました。
大方丈の縁側に座って のんびり庭園を眺めている方がとても多かったです。
回廊でつながる多宝殿には 畳表が敷かれていて靴を履かずに行けます。
回廊はけっこう長いのですが お庭や大堰川を見ながら歩きます。
途中にお休み処や鐘がありました。
多宝殿には入れませんが 中の様子はしっかり観ることができます。
戻ってきて小方丈。
こちらは皆さん足を延ばしてくつろいでおられました。
寝転がるのは禁止です。
大方丈と庭園の写真を撮るかたも多かったです。
一旦方丈から出て 次は庭園の拝観です。
大方丈のまわりを歩き 方丈の外観や枯山水庭園を楽しめます。
庭園は岩の配置が美しいです。
日本で最初の名勝庭園に指定されたそうです。
庭園は多宝殿前を通って 嵐山の竹林に出られます。
いやいやぐるっと巡ってまたもとに戻ります。
次は法堂です。
こちらは雲龍図が有名です。
こちらでは写真撮影ができませんので写真はありません。
平成9年(1997)に 法堂移築100年・夢窓国師650年遠諱記念事業として 加山又造画伯により雲龍図が新しく制作されたそうです。
素晴らしい雲龍図ですが 私は古いものの方が好きです。
境内には八幡宮もあります。
外国の方が行列していましたので 写真は1枚しか撮れませんでした。
拝観が終わったので寺務所に行きました。
授与品も多いので すごく人が並んでいます。
御朱印の列には20人以上並んでいたのですが 途中で「書置きなら早いです」ということで 書置きをいただきました。
前回は直書きを頂きましたので。
ネット情報です。
山号は霊亀山
宗旨宗派は臨済宗天龍寺派
寺格は大本山・京都五山第一位
ご本尊は釈迦三尊
創建年は康永2年(1343年)
開山は夢窓疎石
開基は足利尊氏
正式名は霊亀山天龍資聖禅寺
札所は神仏霊場巡拝の道第88番(京都第8番)
平安時代初期 嵯峨の地には橘嘉智子(嵯峨天皇の皇后)が開いた檀林寺があった。
その後 約4世紀を経て荒廃していた檀林寺の地に後嵯峨上皇によって仙洞御所が営まれると 次いでその第3皇子である亀山天皇によって離宮が整備された。
この離宮は「亀山殿」と称され 後に大覚寺統(亀山天皇の系統)の離宮とされた。
後醍醐天皇(亀山天皇の孫)の始めた建武の新政に反発して足利尊氏が天皇に反旗を翻すと 対する天皇は尊氏追討の命を出した。
暦応元年/延元3年(1338年)に尊氏は北朝の光明天皇によって征夷大将軍に任じられたが 南朝の後醍醐天皇が吉野で崩御したのはその翌年の暦応2年/延元4年(1339年)であった。
対立していた後醍醐天皇の崩御に際し その菩提を弔う寺院の建立を尊氏に強く勧めたのは 当時 武家からも尊崇を受けていた禅僧・夢窓疎石であった。
尊氏は後醍醐天皇の菩提を弔うために北朝の治天の君である光厳上皇に奏請し 院宣を以って南朝の離宮であった亀山殿を夢窓疎石を開山とする寺院に大改装した。
これが当寺である。
寺号は創建年の暦応2年(1339年)の年号をとって「暦応資聖禅寺」と称する予定であったが 尊氏の弟の直義が寺の南の大堰川(おおいがわ保津川)に金龍の舞う夢を見たことから「天龍資聖禅寺」と改めたという。
落慶供養は後醍醐天皇七回忌の康永4年(1345年)に行われた。
また 同年には夢窓疎石によって当寺の境内にある10か所が名勝に定められ「天龍寺十境」とし 疎石は美しい詩を作っている。
天龍寺十境とは普明閣・絶唱谿・霊庇廟・曹源池・拈華嶺・渡月橋・三級巖・万松洞・龍門亭・亀頂塔をいう。
世界遺産に登録されていますので ご存じの方も多いと思いますが とにかくお庭が素敵なお寺です。
境内塔頭も多いのですが それは別投稿で。
天龍寺で拝観できるのは 方丈と庭園と法堂の3カ所です。
それぞれ別料金(共通もあり)です。
まずは方丈から拝観しました。
庫裡が拝観受付になっていて 大方丈・小方丈・多宝殿を見ることができます。
大方丈は廊下のみで 中には入れません。
襖絵の雲龍図が見事ですが ガラスが反射して見にくいです。
写経をされる部屋もあり そちらにも何人か入っておられました。
大方丈の縁側に座って のんびり庭園を眺めている方がとても多かったです。
回廊でつながる多宝殿には 畳表が敷かれていて靴を履かずに行けます。
回廊はけっこう長いのですが お庭や大堰川を見ながら歩きます。
途中にお休み処や鐘がありました。
多宝殿には入れませんが 中の様子はしっかり観ることができます。
戻ってきて小方丈。
こちらは皆さん足を延ばしてくつろいでおられました。
寝転がるのは禁止です。
大方丈と庭園の写真を撮るかたも多かったです。
一旦方丈から出て 次は庭園の拝観です。
大方丈のまわりを歩き 方丈の外観や枯山水庭園を楽しめます。
庭園は岩の配置が美しいです。
日本で最初の名勝庭園に指定されたそうです。
庭園は多宝殿前を通って 嵐山の竹林に出られます。
いやいやぐるっと巡ってまたもとに戻ります。
次は法堂です。
こちらは雲龍図が有名です。
こちらでは写真撮影ができませんので写真はありません。
平成9年(1997)に 法堂移築100年・夢窓国師650年遠諱記念事業として 加山又造画伯により雲龍図が新しく制作されたそうです。
素晴らしい雲龍図ですが 私は古いものの方が好きです。
境内には八幡宮もあります。
外国の方が行列していましたので 写真は1枚しか撮れませんでした。
拝観が終わったので寺務所に行きました。
授与品も多いので すごく人が並んでいます。
御朱印の列には20人以上並んでいたのですが 途中で「書置きなら早いです」ということで 書置きをいただきました。
前回は直書きを頂きましたので。
ネット情報です。
山号は霊亀山
宗旨宗派は臨済宗天龍寺派
寺格は大本山・京都五山第一位
ご本尊は釈迦三尊
創建年は康永2年(1343年)
開山は夢窓疎石
開基は足利尊氏
正式名は霊亀山天龍資聖禅寺
札所は神仏霊場巡拝の道第88番(京都第8番)
平安時代初期 嵯峨の地には橘嘉智子(嵯峨天皇の皇后)が開いた檀林寺があった。
その後 約4世紀を経て荒廃していた檀林寺の地に後嵯峨上皇によって仙洞御所が営まれると 次いでその第3皇子である亀山天皇によって離宮が整備された。
この離宮は「亀山殿」と称され 後に大覚寺統(亀山天皇の系統)の離宮とされた。
後醍醐天皇(亀山天皇の孫)の始めた建武の新政に反発して足利尊氏が天皇に反旗を翻すと 対する天皇は尊氏追討の命を出した。
暦応元年/延元3年(1338年)に尊氏は北朝の光明天皇によって征夷大将軍に任じられたが 南朝の後醍醐天皇が吉野で崩御したのはその翌年の暦応2年/延元4年(1339年)であった。
対立していた後醍醐天皇の崩御に際し その菩提を弔う寺院の建立を尊氏に強く勧めたのは 当時 武家からも尊崇を受けていた禅僧・夢窓疎石であった。
尊氏は後醍醐天皇の菩提を弔うために北朝の治天の君である光厳上皇に奏請し 院宣を以って南朝の離宮であった亀山殿を夢窓疎石を開山とする寺院に大改装した。
これが当寺である。
寺号は創建年の暦応2年(1339年)の年号をとって「暦応資聖禅寺」と称する予定であったが 尊氏の弟の直義が寺の南の大堰川(おおいがわ保津川)に金龍の舞う夢を見たことから「天龍資聖禅寺」と改めたという。
落慶供養は後醍醐天皇七回忌の康永4年(1345年)に行われた。
また 同年には夢窓疎石によって当寺の境内にある10か所が名勝に定められ「天龍寺十境」とし 疎石は美しい詩を作っている。
天龍寺十境とは普明閣・絶唱谿・霊庇廟・曹源池・拈華嶺・渡月橋・三級巖・万松洞・龍門亭・亀頂塔をいう。

寺号の石柱はとてもでかいです

由緒書 場所が悪い斜めにしか撮れない

総門

境内案内図 写り込んでしまった

中門

庫裡 参拝入口

庫裡前の庭

入ってすぐに達磨大師 前管長である平田精耕老師の筆

庫裡には韋駄天

説明

方丈の扁額

方丈は内側には入れません

龍の襖絵

雲龍図の説明

ガラスが反射して見にくい

池泉回遊式庭園 方丈から見る方が趣がある

多宝殿に向かう回廊から見て

わが国最初の史跡・特別名勝指定だそうです

大堰川から流れ込んでいます

多宝殿の説明

多宝殿内陣

多宝殿前に梅の木

方丈から続く回廊

途中に鐘も

井戸跡も

何やら古い文字が

お休み処まである

回廊はけっこう長いんです

大堰川

小方丈前

小方丈から大方丈を見て

一旦外に出ます

庭園入口 (別に拝観料が要ります)

大方丈裏手の庭

大方丈

大方丈の説明

お食事処「篩月」前の庭

大方丈前

曹源池庭園の説明




多宝殿

梅の木

多宝殿の説明

馬酔木っていうんですって

かわいらしい花ですね 他のお寺でも見たことがある


大堰川

お庭を出て 鐘楼

法堂 (拝観は別料金)

雲龍図が見られます

寺務所 激混み

法堂

天龍寺の由緒書

放生池

サギがいました

こちらにもサギ

境内社 八幡大菩薩

飛雲観音

詠歌?

飛雲観音の説明
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3281投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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