だいりゅうじ|浄土宗|八部山
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楽しみ方大龍寺のお参りの記録一覧
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大龍寺は京都市右京区にあるお寺です。
平岡八幡宮から仁和寺に戻る途中にあります。
こちらは集落にある由緒ある大きなお寺です。
最初にある門は烏枢沙摩堂門と言います。
境内には中門もあって 下段には烏枢沙摩堂があります。
こちらのお堂には 日本三躯随一と言われる烏枢沙摩明王が祀られています。
ちょうどこの時間に法事があったようで 黒い服の方々が入っていかれました。
映り込まないように写真を撮らせていただきました。
地蔵堂と境内社の鎮守稲荷社で合掌したあと 中門をくぐってスロープを上がりました。
こちらには本堂・光明堂があります。
護摩堂よりは新しい建物で 扁額に八部山とありましたので これが山号ですね。
こちらでも合掌し 中門に戻ると お地蔵様がたくさんいらっしゃいました。
前ばかり見ていたら気づかないものですね。
振り返ることの大切さに気付かされました。
法事中のため お話を伺うことはできませんでしたが良い参拝ができました。
ネット情報です。
山号は八部山
院号は護法院
宗派は浄土宗
ご本尊は阿弥陀如来・別尊烏枢沙摩明王
創建年は天正14(1586)年
開山は源蓮社然譽清善
中興年は寛永6(1629)年・寛政10(1798)年・昭和52(1977)年
中興 は第4世乗蓮社宝譽了風・第14世行蓮社忠譽恕広・第22世諦蓮社眞譽英唱
正式名は浄土宗八部山護法院大龍寺
別称はうっさんの寺・うすさまの寺
本尊は阿弥陀如来(本堂「光明堂」) 別尊として秘仏烏枢沙摩明王(明王堂)を祀り 古来よりこの烏枢沙摩明王は日本三躯随一と称され 通称「うっさんの寺・うすさまの寺」として親しまれている。
天正14(1586)年 豊臣秀吉の京都改造に伴い 源蓮社然譽清善によって匂天神社付近にあった八部山光明堂より阿弥陀如来を また御所の鬼門守護であった烏枢沙摩明王を勧請し四条河原町の北西にある裏寺町に八部山護法院大龍寺として創建された。
寛永6(1629)年に第4世乗蓮社宝譽了風は梵鐘を鋳造して鐘楼堂を建立した。
また これに先立ち元和8(1622)年には大本山黒谷金戒光明寺の梵鐘を鋳造寄進をしている。
天明8(1788)年に天明の大火によって堂宇の全てを焼失してしまったが 翌 寛政元(1789)年に火災を免れた梵鐘を売却し 寛政10(1797)年方丈と庫裏が 文化元(1804)年に明王堂が再建された。
文政年間(1818年-1829年)頃に方丈は仮本堂として 庫裏は1間半の大玄関を付け 書院として改築され 中門(のちの山門)が再建された。
元治元(1864)年禁門の変に伴うどんどん焼けで四条通りに面していた山門が焼失し 実質中門を山門とするようになった。
明治5(1872)年 明治政府の上知令により境内地の約半分を召し上げられることとなる。
この時 山門(もとの中門)の外にあった明王堂を仮本堂の北へ移築し 取り壊しを免れた。
昭和52(1977)年に創建以来391年に至り 現在地へ移転することを引き換えに 天明の大火以来 住職8代まさに189年ぶりに本堂が再建されることになり さらに昭和62(1987)年には創建400年(移転10年)の記念事業として鐘楼堂が再建され ようやく創建当時の伽藍が揃うことになった。
なお 旧境内地より移築されたのは山門と明王堂のみである。


浄土宗開宗850年記念 浄土宗寺院へ行こう! その22
四条烏丸から市バス「高雄病院前」下車徒歩5分。浄土宗寺院。ご本尊は阿弥陀如来です。
1586年の創建で、御所の鬼門守護であった烏枢沙摩明王を四条裏寺町の大龍寺の勧請したのが始まりで、
かつて疫病が流行っていた頃には、花街の女性たちに信仰が厚く、女性の病の平癒にご利益があるとされたそうです。
また「トイレの神様」でもあり、「高雄のうっさん」で親しまれています。
京都市の郊外である高雄の入口に位置しており、境内に入るとまずは烏枢沙摩明王が祀られているお堂があり、さらに上がったところにはご本尊である阿弥陀如来のお堂でそれぞれお参りしてきました。
御朱印は事前予約制でした。
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