しょうじじ|天台宗|小塩山
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楽しみ方勝持寺(花の寺)のお参りの記録一覧
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京都市西京区にあるお寺です。
こちらは花の寺として有名で やはりこの時期は桜の花見で賑わいます。
こちらも以前お参りした時には 桜の時期外れだったため 今回はしっかり計画を立ててのお参りです。と思ったのですが 少し早かったようです。
近くに駐車場があり参拝はしやすいです。
山門に向かうまでの道中にも桜があって 目を楽しませてくれます。
境内には400本ほどの桜が植わっているそうです。すごいですね。
本堂の阿弥陀堂も素晴らしいのですが 宝物館の瑠璃光殿もおススメです。
少し離れて不動堂があるのですが 内陣にはお不動様は見当たりません。
お堂の裏手に 岩を彫って石不動様がおられます。
こちらの石不動様は 空海が彫ったと伝わります。
お庭には池があり 西遊記にも登場する魚籃観音がいらっしゃいます。
また 鏡石という石があり 西行法師が剃髪する時に鏡として使ったとあるのですが 全く何も映りません。普通に石です。
お庭には 西行法師が手植えされ案を結ばれたとする桜が 3代目ですがあります。
確かに境内には桜の木がいたるところに植えられています。
種類がいろいろあるのか 咲き具合はそれぞれ違っていて 少し時期がずれても楽しめるような気がします。
由緒についてはネット情報で。
山号は小塩山 院号は大原院(だいげんいん) 宗旨は天台宗 ご本尊は薬師如来(重要文化財) 創建年は伝・天武天皇8年(679年) 開基は伝・役行者 中興年は伝・延暦10年(791年) 中興は伝・最澄です。
天武天皇8年(白鳳8年679年)に天武天皇の勅によって役小角(神変大菩薩)が創建したと伝えられる。
その後 延暦3年(784年)に大原野神社が創建されると 勝持寺は大原野神社の別当寺とされた。
延暦10年(791年)に桓武天皇の勅により最澄が堂塔伽羅を再建し 薬師瑠璃光如来を刻んで本尊とした。
さらに承和5年(838年)に仁明天皇の勅によって塔頭49院が建立された。
保延6年(1140年)10月 佐藤義清が当寺で出家し 西行となっている。
しかし 応仁の乱で仁王門を残して焼失した。
その後 天正年間(1573年 - 1592年)に再建された。
江戸時代には将軍徳川綱吉の生母・桂昌院の帰依を受けている。
明治時代になり神仏分離が行われると 当寺と大原野神社の関係も解消された。

【小塩山(おしおざん)大原院(だいげんいん)勝持寺(しょうじじ)】
本尊:薬師如来
宗派:天台宗
開基:役行者
勝持寺は、京都府京都市西京区大原野に位置します。679(白鳳8)年、第40代 天武天皇(在位:673-686)の勅命によって役行者が創建したのがはじまりとされます。791(延暦10)年、第50代 桓武天皇の勅命(在位:781-806)により最澄(伝教大師)が堂塔伽羅を再建し、薬師瑠璃光如来を刻んで本尊とし、さらに838(承和5)年に第54代 仁明天皇(在位:833-850)の勅命によって塔頭49院が建立されました。応仁の乱で仁王門を残して焼失します。天正年間(1573-1592)に再建、江戸時代に桂昌院(5代将軍徳川綱吉の母)の帰依を受けています。
1140(保延6)年、佐藤義清が当寺で出家し、西行となっています。西行法師が自ら植えたといわれる八重桜「西行桜」があることから、「花の寺」として親しまれるようになりました。
仁王門は、大原野神社駐車場の隣奥にありました。勝持寺・願徳寺 参拝駐車場を利用したので後で大原野神社を訪れたときに気づきました。
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京の西山連峯の麓にあり、679年・天武天皇の勅によって神変大菩薩役の行者が創建したことが始まり。791年・伝教大師が桓武天皇の勅を奉じて堂塔伽藍を再建され、本尊は薬師瑠璃光如。「花の寺」とも呼ばれ、桜の名所としても有名。西行はこの地で出家し、西行が植えたとされる「西行桜」は今でも受け継がれている。
西国四十九薬師霊場巡りの7箇所目として、第四十二番の勝持寺を拝観。(2022年11月中旬)
境内内に入るとどこ見ても周り一面の紅葉が広がる。敷地も広く、ゆったり散策できました。瑠璃光殿には薬師如来像や3m近くある金剛力士像など迫力のある重要文化財を見ることもできました。
また、毎年2月中は拝観休止とのこと。
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