みょうかくじ
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楽しみ方妙覺寺(妙覚寺)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月15日(日) 18時44分21秒
参拝:2026年2月吉日
【具足山(ぐそくさん)妙覚寺(みょうかくじ)】
本尊: 十界曼荼羅
宗派:日蓮宗
開山:日実(にちじつ)・日像(にちぞう)
妙覚寺は、京都府京都市上京区、西陣と呼ばれる地、妙顕寺の北にあります。妙覚寺は、日実が、妙顕寺から分立して開山に日像を仰ぎ、自らは4世となって開創した寺院です。豪商であったという小野妙覚尼の四条大宮の邸宅を寺としたことから、妙覚寺の名があります。
織田信長は京都に滞在する際、本能寺とともに妙覚寺もたびたび宿所としていました。本能寺の変の時は子の信忠が滞在しており、異変を知り明智光秀を迎え撃つために二条御所へ移動しましたが、そこで戦死しています。
本尊: 十界曼荼羅
宗派:日蓮宗
開山:日実(にちじつ)・日像(にちぞう)
妙覚寺は、京都府京都市上京区、西陣と呼ばれる地、妙顕寺の北にあります。妙覚寺は、日実が、妙顕寺から分立して開山に日像を仰ぎ、自らは4世となって開創した寺院です。豪商であったという小野妙覚尼の四条大宮の邸宅を寺としたことから、妙覚寺の名があります。
織田信長は京都に滞在する際、本能寺とともに妙覚寺もたびたび宿所としていました。本能寺の変の時は子の信忠が滞在しており、異変を知り明智光秀を迎え撃つために二条御所へ移動しましたが、そこで戦死しています。

【大門】
豊臣秀吉が1590(天正18)年に建てた聚楽第の裏門であったものを、1663(寛文3)年、移建したものとされています。
豊臣秀吉が1590(天正18)年に建てた聚楽第の裏門であったものを、1663(寛文3)年、移建したものとされています。

【題目碑】

【祖師堂】




【唐門】

【狩野元信の碑】
少し離れた境外にある妙覚寺墓地に、狩野元信・永徳ら狩野家歴代の墓があります。
少し離れた境外にある妙覚寺墓地に、狩野元信・永徳ら狩野家歴代の墓があります。

【方丈】

【大玄関・本堂】
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