さんぜんいんもんぜき
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楽しみ方三千院門跡のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月05日(火) 17時05分59秒
参拝:2026年4月吉日
私が参拝したとき(4月第3週)は、石楠花をはじめ様々なお花が咲き誇っていました✨😲✨桜の花も少し残っていました🌸
ちなみに10年ぶりの再訪です。
往きは、敢えて地下鉄烏丸線で国際会館駅に出てから京都バスに乗りました。時間が惜しいので😅
地下鉄・バス1日券を利用できたので有り難かったです。
御朱印は、金色不動堂にて金色不動明王・弁財天・観音菩薩を、円融蔵にて薬師如来・阿弥陀三尊ほか全て(5体)がいただけます。
三千院さんの創建は傳教大師最澄上人(767〜822)が比叡山延暦寺建立の際、草庵を結ばれたのに始まります。
京都にある天台宗の五箇室門跡の1つで、皇子・皇族が住職を勤めた宮門跡です。
寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を幾度か移転し、その都度に寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と呼称されてきました。
1871(明治4)年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により「三千院」と称されるようになり、現在の地である大原に移りました。
今回も途中で時間が足らなくなり、すべて周りきることができなかったので、是非また参拝したいです。
ちなみに10年ぶりの再訪です。
往きは、敢えて地下鉄烏丸線で国際会館駅に出てから京都バスに乗りました。時間が惜しいので😅
地下鉄・バス1日券を利用できたので有り難かったです。
御朱印は、金色不動堂にて金色不動明王・弁財天・観音菩薩を、円融蔵にて薬師如来・阿弥陀三尊ほか全て(5体)がいただけます。
三千院さんの創建は傳教大師最澄上人(767〜822)が比叡山延暦寺建立の際、草庵を結ばれたのに始まります。
京都にある天台宗の五箇室門跡の1つで、皇子・皇族が住職を勤めた宮門跡です。
寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を幾度か移転し、その都度に寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と呼称されてきました。
1871(明治4)年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により「三千院」と称されるようになり、現在の地である大原に移りました。
今回も途中で時間が足らなくなり、すべて周りきることができなかったので、是非また参拝したいです。

左から、阿弥陀三尊・薬師如来・観音菩薩・金色不動明王の御朱印


御殿門

聚碧園(しゅうへきえん) ①。客殿より観る池泉観賞式庭園で、江戸時代の茶人 金森宗和の修築と伝えられます。

聚碧園(しゅうへきえん) ②

聚碧園(しゅうへきえん) ③

宸殿。薬師瑠璃光如来さんがいらっしゃいます。


有清園(ゆうせいえん)。本堂の宸殿より極楽院を眺める有清園は、中国後晋(西晋)の詩人 左思の「山水有清音」より命名された池泉回遊式庭園。


わらべ地蔵①

わらべ地蔵②

奥の伽藍は往生極楽院。阿弥陀三尊さんがいらっしゃいます。

金色不動堂。金色不動明王さんがいらっしゃいます。まだ周辺には桜の花も少し残っていました🌸



観音堂。観音菩薩さんがいらっしゃいます。まだ周辺には桜の花も少し残っていました🌸

小観音像

左奥は朱雀門
すてき
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