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三宅八幡宮のお参りの記録一覧
京都府 八幡前駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2025年09月13日(土)3171投稿

今日はお参りをせずに まる1日淡路島に釣りに行ってしまいました。
罰が当たったのでしょう 1匹も釣れず ただ日焼けして帰ってきました。
神様お許しください。
こちら三宅八幡宮は京都市左京区にある神社です。
上高野西明寺山の西側麓で岩倉という地域にあります。
以前大原三千院に向かう途中に大鳥居をお見掛けしたので 国道沿いにあると思っていたら ずいぶん町の奥に入ることになりました。
境内の一部が駐車スペースになっていて 車でお参りしやすくて有難かったです。
一の鳥居はけっこう離れた国道沿いにあります。
境内には二の鳥居から四の鳥居までありました。
狛犬のいるべき場所に鳩ぽっぽさんがいました。
こちら三宅八幡宮は鳩で有名な神社なんですね。
本殿手前には門があり これ夕方には閉めちゃうのかな?と思いました。
そして何除けか分かりませんが 狛犬さんは檻に入っています。
本殿内陣は薄暗い中に電灯の明かりがついて 神聖な場所という雰囲気ばっちりです。
境内には池もありました。
何かよく分からない人型がありまして 片腕がなく ちょっと怖いです。
また楠野氏正成公の騎馬像がありました。
何か縁があるのかな?
絵馬展示資料館も有名なのですが パスしました。

ネット情報です。
社伝によれば 推古天皇の時代に遣隋使として隋に赴こうとしていた小野妹子が 筑紫(九州の北部)で病気になった。
しかし 近くにあった宇佐八幡宮に祈願するとたちまち病気が治って隋に渡り 無事帰国することができた。
その後 聖徳太子の没後に報恩の意味を込めて自らの所領である山城国愛宕郡小野郷と呼ばれるこの地に 宇佐八幡宮を勧請して建立したのが当社であるとされている。
造営当初は伊太多神社(1915年(大正4年)に崇道神社に合祀され 現在は崇道神社の末社となっている)の境内にある末社の一つとして建てられ 今の位置より南にあったとされる。
その後 この神社は愛宕郡岩倉の地に移り住んでいた 後鳥羽上皇の第四皇子頼仁親王の血を継ぐ南朝の忠臣・児島高徳(備後三郎三宅高徳)が八幡大神を尊崇したことから いつしか三宅八幡宮と呼ばれるようになったという。
なお 他にも三宅の名の由来は 大化の改新前の大和朝廷の直轄地である屯倉(みやけ)が置かれたからであるともされている。
応仁の乱の戦災により全焼したが 数十年後に近隣住民の手で復旧された。
また皇室とのゆかりも深く 明治天皇が幼少のころに重い病を患った際には当社に祈祷が命じられている。
その甲斐があり天皇の病が治ったといわれている。
八幡神の使いが鳩であることにちなみ 境内には狛鳩が建てられている。
絵馬やお守りなどにも鳩があしらわれている。

三宅八幡宮(京都府)

二の鳥居

三宅八幡宮(京都府)

三の鳥居

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