しきちじんじゃ(わらてんじんぐう)
敷地神社(わら天神宮)のお参りの記録一覧(3ページ目)
もとは京都北山を神として崇めていた山岳信仰の社。
平安時代にその北山に氷室が設けられると、その作業員として移住してきた人々により木花咲耶姫を勧請。
応永四年、足利義満の金閣寺造営にあたり、これへの参拝が不便になることから現地へ遷座。敷地神社、と名付けられた。
その後、神様への捧げ物を入れるための藁カゴから抜け落ちた藁を妊婦が安産祈願のお守りとして持ち帰るようになり、このことから「わら天神」と呼ばれるようになった。
京都では安産祈願の定番社として知られる。
入り口は狭く中は広い、京都らしい造りの神社。
摂社・六勝神社。
境内のどこかにかくしハートがありますよ。
「西大路七福社ご利益めぐり」巡礼でわら天神宮をご参拝しました。
七福のうち、安産・子授け・縁結びにご利益があります。
御神木がそのまま社殿に鎮座されてます綾杉明神は一見の価値有りです。
六勝神社
説明板には、ご朱印も表記されてます。
八幡神社
本殿
神具庫
綾杉明神
大山祇神社
御朱印
金閣寺参拝の後で立ち寄りました。
「境内の南端に古来より清盛塚と俗に称えられた前方後円墳式の古墳あり、改修の際に壇上の岩石を除くと石棺が現れ、東京の帝室博物館に鑑定依頼をするも、平清盛の時代と相違ありとのこと、岩石は六勝稲荷神社の前に移したものが即ちそれであります。 」
と後で知って、
「しまった・・・」と(笑)
綾杉明神 境内本殿西側に綾杉明神を祀っています。「捨遣集」十神歌の部に清原元輔が安和元年(968年)「生ひ繁れ平野の原のあや杉よ、濃き紫に立ちかさぬべく」と詠む。
応仁の乱の兵火を免れましたが、明治29年8月の台風に惜しくも倒壊致しました。昔から神木として崇拝する者多く、今や素屋根をかけ「綾杉明神」と敬い奉る。
雨の日の初参拝でした
お守りがよくある袋タイプではなく古式ゆかしい感じの和紙に包まれた物です、財布に入れさせていただきました
鳥居のそばに仮設トイレがあるのは、京都マラソンの日だったからです
道沿いの鳥居から進んで次の鳥居でL字に曲がると本殿が見えます
戌の日に境内で販売されている名物「うぶ餅」普段もお向かいの「笹屋守栄」さんで取り扱ってます
神楽殿
手水
京都府のおすすめ2選🍁
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
1
0