ちしゃくいん|真言宗智山派総本山|五百佛山(いおぶさん)根来寺
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実はあんまり覚えてないのですが、等伯の襖絵を見に来たのかなと・・・。
元々あまり興味のない(失礼)お寺さんだった事もあって、行こうと思っていなかったのが現実。
多分特別拝観で来たんだろうと思います。雨だったおかげで綺麗なお庭を堪能出来たなと。
ここでも家康の敏腕さ、悪く言えばずる賢さが表に出ていますよね。
わざわざ秀吉ゆかりの寺社を取り壊しての再建です。秀吉の子供の菩提寺を壊して建てるとか、仏門に居るものとして如何なものかと・・・。
遺恨があったので根来にしては「ざまぁみろ」なんでしょうが・・・。
家康押しの方には申し訳ないんですが、秀吉に対する家康の所業は凄いですよ。滅多切りです。
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#智積院
ご本尊は大日如来。
#大日如来
梵語でマハーヴァイローチャナ。単にヴァイローチャナとする本もある。胎蔵マンダラと金剛界マンダラのどちらでも中央を占める。
胎蔵界五仏および金剛界五仏の1尊で、どちらのグループでも中央に位置する。真言八祖(付法の八祖)の第1。干支守り本尊の1尊で、未年・申年・7月・8月生まれを守護。金剛界の大日如来は十三仏の12番手で、年忌法要のうち十三回忌の本尊。十三仏と対応する年忌法要ではないが、胎蔵界の大日如来は十七回忌の本尊。
仏様が複数の真言や種子を持つことは珍しくないが、書籍では通常、そのうち最も代表的なもの1つを紹介する。しかし、さすがに大日如来ともなれば、胎蔵界と金剛界の2通りの真言と種子を載せていることが多い。胎蔵界の大日如来の真言は「ノウマク サマンダ・ボダナン アビラウンケン」、種子はアーク。金剛界の大日如来の真言は「オン バザラ ダトバン」、種子はバン。
よく、胎蔵界と金剛界の2つを合わせたような「オン アビラウンケン バザラダトバン」という真言も見かける。手の組み方を見れば、いずれの大日如来なのかは分かるが、秘仏だったり、お堂が暗くて像がよく見えなかったりして、どちらであるか判別できないこともある。そのような時、上の真言は重宝する。
ちなみに写真の御朱印の種子はバンなので、ここ智積院の大日如来は金剛界のようだ。

【智積院】
‐桃山時代から江戸時代の転換の象徴、隠れた紅葉の名所‐
●概要
山号:五百佛山(いおぶさん)
開山:玄宥(げんゆう)
宗派:真言宗智山派総本山
●歴史
この地にはもともと「祥雲禅寺」というお寺がありました。
祥雲禅寺は豊臣秀吉が亡くなった子・鶴松の3回忌の冥福を祈り、1593年に創建したお寺です。1598年に豊臣秀吉が亡くなると、1600年に徳川家康が紀州(和歌山)根来寺の玄宥に、祥雲禅寺のあったこの地を寄進します。根来寺は元は紀州にあったお寺でしたが、教育的役割を担っていたことや、大量の鉄砲や多くの僧兵を抱える軍事的な一面があったこと、そして地域支配と深く結びついていた宗教勢力であることから、秀吉に敵対視され、1585年に根来寺は焼き払われてしまいます。
根来寺にいた玄宥は一時、高野山へ逃れ、根来寺再興を強く望んでいましいた。祥雲禅寺の地を寄進された玄宥は境内に「五百佛山根来寺智積院」というお堂を建立し、根来寺を再興します。
以後、江戸幕府から厚い庇護を受け、運敞僧正(うんしょう)が智山教学を確立するなど、真言宗の教学の寺として学僧たちが多く集まり繁栄していきます。しかしながら、幾多の火災に見舞われたり、幕末期には土佐藩の屯所になるなどして衰えることもありましたが、1900年に智積院が真言宗智山派の総本山に定められ、戦後には次々と伽藍が再建されています。
智積院は自然豊かな寺院で、寺紋にも用いられている桔梗が参道を彩ります。
●境内
▶金堂
東山七条の交差点を南へ少し下ったところにある智積院のロータリーから境内へ入り、石畳の道を進んでいくと正面に見えてくる鉄筋コンクリートの大きな建物が、智積院の中心的なお堂の金堂です。
金堂は最初、1705年に桂昌院の寄進により建てられますが、その後幾多の火災に見舞われ、焼亡を繰り返します。現在のお堂は、昭和50(1975)年に宗祖・弘法大師空海の生誕1200年の記念事業として再建されたものです。堂内には本尊の大日如来像が安置されています。毎朝の勤行や多くの法要は、この金堂で行われます。早朝や夕方になると美しい声明が聞こえてきます。
▶あじさい園
金堂の裏にある紫陽花の名所。
色とりどりの紫陽花の花が京都の梅雨を彩ります。
▶総門
東山七条の交差点の正面に立つ総門。東福門院より移築されたと伝えられています。
▶鐘楼堂
ロータリーから右手の細い道を進むとある大きな鐘楼。「智専の鐘」といい、1998年に寄進されたものです。
▶青葉まつり
6月15日に行われる祭事で、正式名称を「両祖大師御生誕慶祝法要」と言います。
宗祖・弘法大師空海上人と中興の祖・興教大師の誕生を祝う行事で、金堂の前の柴燈護摩道場にて大護摩供法要が行われるなど、境内が一層華やかになります。
この日は無料で講堂や大書院を拝観することができます。
▶もみじ
智積院は隠れたもみじの名所。境内にはたくさんのもみじの木が植えられています。
真っ赤に燃える秋の紅葉はもちろん、初夏の青もみじがとても美しいお寺です。
▶障壁画
智積院が所蔵する金碧障壁画、国宝の「桜図」と「楓図」。
長谷川等伯とその息子・久蔵によって描かれました。
最初に久蔵が桜図を描きますが、その後久蔵が26歳の若さで急死してしまいます。悲しみに暮れた等伯でしたが、久蔵の死を乗り越え、久蔵の描いた「桜図」と対するように「楓図」を描きます。
当初、この障壁画は豊臣秀吉が建てた祥雲禅寺の客殿にありましたが、祥雲禅寺の地を徳川家康から寄進された際に共に譲り受けたものです。
「桜図」には貝殻の粉が使われており、暗くなると白く塗られた桜の花びらが浮かび上がるように工夫されています。
▶庭園(名勝)
書院前に広がる池泉鑑賞式庭園。書院の縁側から眺めることができます。楕円形の池が中央に広がり、奥にはツツジやサツキが植えられた築山があります。1674年に修築され、築山は「廬山」を、池は「長江」をモデルにしていると伝えられています。
こちらのお庭も豊臣秀吉が建立した祥雲禅寺にあったお庭で、障壁画と同様に譲り受けたものです。「利休好みの庭」と伝えられるこの庭園は、東山随一の庭と言われるほどの庭です。
お庭が見れる大書院には長谷川派の「桜図」「楓図」が飾られています(現在はレプリカ、本物は宝物館に)。
▶宸殿
大書院の奥にある建物。
堂本印象が描いた「婦女喫茶図」や「松桜栁の図」などの障壁画が飾られています。通常非公開。京の冬の旅などで特別公開されることも。

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