ごしらかわいんごせいせき ほうじゅうじ|天台宗
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楽しみ方後白河院御聖蹟 法住寺のお参りの記録一覧
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かもちゃん
2020年05月17日(日)3302投稿

橘屋宗兵衛
2022年03月05日(土)1728投稿
ハナナチエ
2018年06月02日(土)2214投稿

garu
2017年08月23日(水)615投稿
大根炊きの日に行ったので人が一杯でした。
ここのご住職様のお話を聞いてたんですが、後白河法皇は今様好きで、今の歌謡曲のような流行歌だとおっしゃっていました。
なんとなく、カラオケで熱唱している後白河法皇を想像して一人で笑ってました。
ここは「サザエさん」の作者・長谷川町子さんの菩提寺でもあるため、堂内には手書きのサザエさんの絵が一杯飾ってありました。
向かいにある三十三間堂は元々この法住寺の境内内にあった建物だったそうですね。
そう考えるとずいぶん大きな伽藍だったようですね。
もう一つは寄木細工で作られた四十七士の像があります。
「赤穂退去後、大石内蔵助は家族とともに京都山科に隠棲していた。山科に住んでいた際、法住寺に立ち寄り不動明王に討ち入りの成功を祈願したと言われている」
とありました。
それと、ここに安置されている親鸞聖人の像は通称「親鸞の蕎麦食い御像」と言われてまして、「聖人が二十八歳の年、すなわち、建仁元年(1201)無量寿院御住院中に百日の間、毎夜比叡山を下って六角堂に参籠されました頃、聖人の身代りとなって留守居を勤め、天台座主の召しに応じて衆僧と共に「そば」の振舞を受け、聖人のいますが如く食べ終わったという伝説があり、聖人が浄土真宗をお開きになった当時の御苦行を語るものということができます。」とあります。
ちなみにこのお寺の横には後白河天皇法住寺陵があります。
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