こんぷくじ|臨済宗南禅寺派|佛日山
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圓光寺さんから一乗寺中谷(和菓子屋)さんへ向かう途中、金福寺さんの看板を見つけて、急きょ立ち寄りました。
桔梗が咲いてました✨😲✨
本来の見頃は6月頃ですが、切り戻すと茎が伸び秋にも花が咲くそうです。
それでも見頃は9月下旬頃〜だったそうで、この日は既に10月後半に入ってましたが、まだ充分楽しむことができました。
金福(こんぷく)寺さんは、864(貞観6)年創建、宗派は臨済宗南禅寺派、山号は佛日山(ぶつにちざん)、御本尊は慈覚大師(円仁)自作の聖観音菩薩像です。
松尾芭蕉・与謝野蕪村ゆかりの俳諧の聖地であり、村山たか女の終焉の地でもあります。
村山たか女の遺品なども興味深く、芭蕉庵や与謝野蕪村のお墓などからの眺望も素敵でした。
また拝観をお願いした時も御朱印をいただいた時も、親切にご対応・ご説明くださり、とても有り難かったです!
ちなみに帰宅後に気付いたのですが(笑)
金福寺さんのSNSによると、2024(令和6)年4月から、例年の拝観休止期間(←?)に加えて、水曜日と木曜日も拝観中止(ただし4/28〜5/6・11/1〜12/10は連日拝観OK)となったので、ご注意ください。
事前にSNSで確認した方が良いと思います😅

京都市左京区にあるお寺です。
山号は佛日山
宗旨宗派は臨済宗南禅寺派
ご本尊は聖観音菩薩
です。
詩仙堂の少し南にあるこの寺には与謝蕪村の墓所があり、松尾芭蕉が滞在したとされ、芭蕉を敬慕する与謝蕪村とその一門によって再興された芭蕉庵があります。
慈覚大師円仁の遺志により、安恵僧都が創建し、円仁自作の聖観音菩薩像を安置されました。
写真撮影はできませんでしたので、説明の写真の写真を撮りました。
境内を少し上ったところに芭蕉庵があります。
茅葺き屋根の庵で、内部は千利休が造った待庵に似た三畳台目の茶室となっています。
元禄時代に鐡舟和尚と親交の深かった松尾芭蕉が京都を旅行した際に滞在したことで知られ、周辺の住民によって芭蕉庵と呼ばれるようになりましたが、後に形がないほど荒廃したために、芭蕉を敬慕する与謝蕪村とその一門によって、1776年再興されたものです。
そのため、小高い丘には与謝蕪村とその一門の方々のお墓や石碑があります。




見つけにくいお寺さんです。今ならナビ片手で探せるとは思いますが、私が行った時は地図片手にウロウロ(笑)
小さな入り口で小さなお寺さんです。
でも高台にあって気持ちの良い風が凪いで行きます。
なんか最近では猫さんが有名とか(笑)
今もいるのでしょうかね?
芭蕉の「奥の細道」にあるゆる~~い挿絵を見られた方は多いと思います。その絵を描いたのが俳人・与謝蕪村です。彼は心から芭蕉を尊敬していました。
(余談ですが銀閣寺の彼が描いた襖絵は秀逸です。鳥が飛び立つ様を連続で描いているもので実に見事です)
芭蕉と親交のあったこの寺の住職鉄舟和尚の尽力によりここに芭蕉庵を建てたのですが、蕪村が居た頃には荒廃していました。それを再建したのも蕪村でした。
そしてそれ以降、この寺は俳壇の聖地としてにぎわったという事です。
その所為か、裏山の墓地は殆どが俳人達のもの。与謝蕪村のお墓もこちらにあります。
また小説『花の生涯』のヒロインである村山たか女が晩年ここで尼として暮らしたお寺でもあります。寺の入り口左側には、たか女創建の辨天堂があります。
このお寺では蕪村やたか女の遺品を拝見できます。
村山たか女って誰?と言う方に一言で説明すると、幕末・日本最初の女性工作員って事です(笑)
興味のある方は小説をお読みください。
ちなみにお墓はこのお寺の本堂・圓光寺にあります。
https://hotokami.jp/area/kyoto/Hmptr/Hmptrtr/Dygtr/3638/1898/
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