かもみおやじんじゃ(しもがもじんじゃ)
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楽しみ方賀茂御祖神社(下鴨神社)のお参りの記録一覧
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崇神天皇の7年(BC90)に神社の瑞垣の修造がおこなわれたという記録があるため、それ以前の古い時代からお祀りされていたと考えられます。 近年の糺の森周辺の発掘調査では古代の土器や弥生時代の住居跡が発掘され、古代からの信仰を裏付けています。。 『続日本紀』の文武天皇二年(698)には、葵祭に見物人がたくさん集まるので警備するように、という命令が出された、という記事があり、このことからも奈良時代より前から当神社が大きなお社で、盛大なお祭がおこなわれていたことがわかります。 平安時代には、国と首都京都の守り神として、また皇室の氏神さまとして賀茂別雷神社とともに信仰を受けておりました。式年遷宮や斎王の制度などが定められたことからも、一線を画した特別な神社として認識されていたことが伺い知れます。『源氏物語』や『枕草子』など王朝文学にしばしば登場いたしますように、この時代の文化、宗教の中心地の一つとして栄えました。 平安時代末期になりますと全国に60余箇所もの荘園、御廚が寄進され神社を支えました。
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賀茂建角身命(かもたけつぬみのこと)とと玉依媛命(たまよりひめのみこと)をお祀りしています。
賀茂建角身命は国家国民の安穏と世界平和の守護神てあるとともに、厄除・交通安全など人々の暮らしを守る神様です。
八咫烏に化身され、昔、神武天皇さまを熊野から吉野までお導きになりました。「咫」は昔の長さの単位で、「八咫」は大きいという意味です。烏は太陽の象徴であり、「八咫烏」は三本足の巨大な烏と伝えられています。
玉依姫命は、鴨川で禊をされているときに、流れてきた丹塗の矢を持ち帰り床に置かれたところ懐妊されたという神話が伝えられています。このことから縁結び、安産、子育ての神様として信仰されています。
「下鴨神社」の正式名称は「賀茂御祖神社」で、賀茂・鴨とは神のことで御祖とは親のこと。親神をお祀りしているということだそう。賀茂建角身命と玉依姫命は、上賀茂神社の御祭神の祖父と母にあたります。また、鴨川の下流に祀られているため下鴨神社と呼ばれるそうです。
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