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こんちいん

金地院のお参りの記録(1回目)
京都府蹴上駅

投稿日:2024年12月20日(金) 23時31分27秒
参拝:2024年12月吉日
南禅寺の塔頭の一つである金地院。こちらには徳川家康公の遺言によって創建された東照宮があります。家康公は晩年に側近の以心崇伝、南光坊天海、本多正純を召して遺言を伝えました。その中で久能山に遺体を納め、日光と金地院には小堂を建てることを依頼したため、当社は創建の由来においては現在の日光、久能山の同等な存在であることが窺えます。
今回は東照宮の参拝写真のみ上げます。
金地院(京都府)
《楼門》
こちらは平時から封鎖されていますが、金地院の拝館とともにはいることができます。
金地院(京都府)
《明智門》
金地院(京都府)
《庭園のカモ》
いつもいるような気がしますが、たしかカモは冬の渡り鳥だったはず。
金地院(京都府)
《鳥居と灯籠》
金地院(京都府)
《手水舎》
水は流れています。
金地院(京都府)
《表参道》
金地院(京都府)
《境内》
意外にも紅葉する木々は植えられていません。またはすでに落ちてしまっているのかもしれませんね。
金地院(京都府)
《神門》
金地院(京都府)
《門の葵紋》
先日東京銀座の歌舞伎座に開いていた家紋を作る屋台で伺いましたが、この徳川の葵紋は一族が使っていた葵に八幡神の三つ巴紋を合わせて作られたそうです。
金地院(京都府)
《拝殿》🙏
金地院(京都府)
《由緒書き》
金地院(京都府)
《天井の鳴き龍》
👁チェックポイント‼️
本来家康公の遺言においては日光と金地院には「小堂」を建てるようになっていましたが、天海が久能山から日光に遺体を改葬したことで、日光東照宮は当初の予定より大きく荘厳な建物へと歴代の将軍(特に家光公)が改築を重ねていくことになりました。ですが元は同等の社として創建されていたため共通点が多く、この鳴き龍も有名な日光の本地堂にあります。
金地院(京都府)
《家康公の遺訓》
個人的に一番好きなのは一番左の「及ばざるは過ぎたるよりまされり」
これから努力の余地があると言われているように感じます。
金地院(京都府)
《本殿》
装飾はかなり控えめですが、建築様式は他の東照宮と同じく権現造です。
金地院(京都府)
《末社》
先程カモさんがいた池のほとりに立っています。遠目ですがお狐さまが見えるので稲荷神社ではないでしょうか。違うかもしれない。

すてき

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