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楽しみ方與杼神社のお参りの記録一覧
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大松禅寺から宇治の小幡に向かうのに京阪淀行きのバスが時間的に近かったので一旦淀へ。ついでに與杼神社へお参り。大銀杏が見事な大きさで黄葉したら良きだろうなぁと思いながらも足元に結構葉が落ちているのが気にはなりました。異様な暑さで昨年も黄葉・紅葉せず散ったり色づき悪いという話はあちこちで聞いたのでちょっと心配ではあります。社務所へ伺い今回奥様が対応してくださりようやく御朱印拝受🤗久御山経由で来たことを伝えると玉田神社さんとは先代の宮司からの付き合いなのだとか😲世の中狭い😅せっかくだから「馬」繋がりでコラボとかせんかなぁ・・・とか考えながらあとにしました。このあと京阪乗ろうとしたら電車止まった(人身事故)・・・😩復旧目処わからずなのでバスで宇治まで逆戻り。とはいえ與杼神社へお参りしてなかったら電車内で缶詰めになってたかもなので神様のお導きだと思いましょ😅それにしてもホンマに最近よく電車止まるなぁ。京都に来る方はお気をつけを。
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社伝等によると応和年間(961年 - 964年)に、愛宕念仏寺などを再興した千観内供が肥前国佐賀郡河上村の與止日女神社から淀大明神を勧請して山城国乙訓郡水垂村に建立したとされる。しかしながら、日本三代実録には貞観元年(859年)に従五位下の神位を賜ったという記述があり、延長5年(927年)に成立した延喜式神名帳では山城国乙訓郡の小社として列していることから応和年間以前には存在したと考えられる。桂川の水上運輸の守護神とされ、淀姫社や水垂社とも呼ばれていた。
慶長12年(1607年)に豊臣秀頼によって片桐且元を奉行として本殿と拝殿が再建された。しかし、本殿は慶安2年(1649年)頃には建て替えられたという。明治35年、淀城本丸跡に移転。



山城国乙訓郡の式内社です。肥前国一宮の與止日女神社から勧請された神社で、明治四年に廃城になった淀城本丸に遷座して現在に至ります。ちなみに元鎮座地は桂川の対岸で、御旅所になっています。

《鳥居》
周辺は有料駐車場となっています。

《社号碑と由緒書き》
👁チェックポイント‼️
佐賀の與止日女神社が川の氾濫を防ぐ神様として嘉瀬川の辺りに分社があるのと同じように、当社も海運交通として使っていた桂川を守護する神様として勧請されたようです。桂川はかなり暴れ川だったとも聞きますし、かなり頼りにされていたのでしょうね。



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