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やさかじんじゃ

八坂神社(祇園さん)の御由緒・歴史

京都府 祇園四条駅

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ご祭神《中御座》
素戔嗚尊(すさのをのみこと)
《東御座》
櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
《御同座》
神大市比売命(かむおおいちひめのみこと)
佐美良比売命(さみらひめのみこと)
《西御座》
八柱御子神(やはしらのみこがみ)
・八島篠見神(やしまじぬみのかみ)
・五十猛神(いたけるのかみ)
・大屋比売神(おおやひめのかみ)
・抓津比売神(つまつひめのかみ)
・大年神(おおとしのかみ)
・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
・大屋毘古神(おおやびこのかみ)
・須勢理毘売命(すせりびめのみこと)
《傍御座》
稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ)
創建時代斉明天皇二年(656年)または貞観十八年(876年)
創始者伊利之、または円如
ご由緒

江戸時代までは祇園社、または感神院と称した。
創祀は社伝によれば斉明天皇二年(656)、高麗より渡来した使節の伊利之(イリシ)が新羅国の牛頭山に坐した素戔嗚尊を奉斎したことに始まるとされ、平安遷都の延暦十三年(794)以前よりこの地に祀られていたとされる。
貞観十一年(869)疫病流行の際、当社の神にお祈りして始まったのが祇園祭である。平安時代には二十二社の一に数えられ、朝廷から厚く崇敬された。
平清盛の田楽奉納、源頼朝の狛犬奉納、足利将軍家も社領の寄進、修造を行います。
豊臣秀吉は母 大政所の病気平癒を祈願し大塔を再建。徳川家康は社領を寄進、家綱は現存する社殿を造営。武家の崇敬も厚かった。

歴史
歴史[編集] 画像外部リンク 祇園社 - 都名所図会(日文研ホームページ) 社伝によれば、2つの説があり、貞観18年(876)南都の僧・円如(えんにょ)が当地にお堂を建立し、同じ年に天神(祇園神)が東山の麓、祇園林に降り立ったことにはじまる。という説と、斉明天皇2年(656年)、高句麗(この時代の高句麗の民族はツングース族であるという見方が識者の中では多く見られる)から来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)の創建とされる説もあるが、この伊利之使主創建説は現存する歴史資料からは根拠に乏しいものと批判されている。 牛頭天王は釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされるが、実際にはインド、...Wikipediaで続きを読む
引用元情報八坂神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%85%AB%E5%9D%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=90009702

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